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「800字文学館」

二つの歌詞

野瀬 隆平

 ロシア民謡に「トロイカ」という歌がある。
「雪の白樺並木 夕日が映える……」で始まる日本語の歌詞には、軽やかで明るいリズムがぴったりだ。
 しかし、同じメロディーのこの曲も、ロシア語の歌詞は全く違うものである。三頭立ての馬車が駆けて行く情景は同じであるが、悲しい物語を切々と歌い上げる歌詞なので、全体として寂しいイメージの曲になっている。
 トロイカの若い馭者に年老いた客が声をかける。悲しげな表情をしているけれど、何か悩みでもあるのかと。答えて馭者は、恋人がいたけれど金持ちの地主に横取りされたと語り始める。
 この意味に沿って日本語に訳された歌詞の出だしは、
「走るトロイカ一つ 雪のボルガに沿い はやる馬の手綱取る 御者の歌悲し……」である。
 そのクライマックスには、こんな文句がある。
「クリスマスも近いが あの娘は嫁にゆく 金につられて行くなら ろくな目にあえぬ」
 自分が愛した娘には、もはや幸せな日が訪れることはないだろうと、若者が嘆いているのである。
 学生時代に加わっていた合唱団では、この歌詞で歌っていた。というのも、この訳は合唱団の先輩たちの手によるものだったからだ。

 先日、ラジオでロシア民謡の特集をやっていた。懐かしい「トロイカ」が流れ始めたので聞き耳を立てていると、ロシア語の独唱で歌い上げるあの寂しい調子で始まったのだが、途中で日本語による合唱に移り、突然あの明るい軽快なリズムに変わったのである。これには驚いた。
 歌詞の内容が異なりリズムも違う二つの曲を、無理やり一つにまとめ上げたように感じられた。こんな編曲、あるのだろうか。

 ところで、「トロイカ」にロシア語の原曲と全く違う「雪の白樺並木……」という日本語の歌詞がつけられたのは、どうしてだろうか。
 一説によると、このメロディーに日本語の歌詞を付けるときに、似たようなタイトルの他の曲の歌詞を誤って付けたらしいと云うのだけれど、本当のところはどうなのだろうか。

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