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「800字文学館」

『業平』を読んだ

内藤 真理子

 高樹のぶ子の、小説伊勢物語『業平』は、三、五センチもの厚さの装丁本だが、あっという間に読んでしまった。伊勢物語の現代語訳ではなく、伊勢物語を小説に仕立て直してある。作者のあとがきによると、歌を小説の筋の中に据え、平安の雅を取り込むために文体を考えた、とあった。本当に平安の雅にどっぷりつかりながら読んだのだが、話の筋が面白すぎる。千年も前から読み継がれた伊勢物語がこんなに面白いとは……。
 業平はれっきとした天皇の孫、その上イケメン。すぐれた歌人であり、女性にモテモテ。時代は藤原氏が台頭しているころで、業平は権力争いからは退いてひたすら雅に生きている。その彼が藤原家の掌中の珠である高子(たかいこ)姫に懸想をした。
 その頃、見目麗しい高子姫には、夜の都を馬で逍遥している、との噂があった。藤原家の権勢をねたんでのことであろうが……。
 業平が清水観音に詣でた折、牛車が隣り合わせになったのを良いことに、
 御簾の中の高子姫に「夜の都で馬を走らせておられますのか」と聞くと、
 姫は「清水観音に祈願したら叶うのでございましょうか」
 業平「本心よりお望みなら、在原の業平、いつか必ず叶えて差し上げましょう」。
 こんなやり取りから業平は、小生意気で怯えを知らぬ高子姫に夢中になった。
 変な虫がついては困る藤原家は早々に姫を、帝の后や妻が住まわれている後涼殿に住まわせ、帝の女御となるべく準備をさせていた。その庭に業平は夜な夜な通いやがて逢瀬が叶った。その上高子姫を馬に乗せて都を駆け抜ける約束も果たし農家の納屋に隠れる。業平が外を警戒しているすきに藤原の追手が姫をさらっていく。二人は結ばれぬ儘、もはやこれも定めと諦めた。
 高子姫は七歳年下の天皇との間に男子を出産。その子が天皇になり……、天皇の母となった高子は歌人の業平を何かにつけ取り立てる。の筋書き。
 大スキャンダルではありませんか。
 アッ、これは歌物語。業平の歌を一首
  ちはやぶる神代も聞かず竜田川
         唐紅に水くくるとは

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