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「800字文学館」

老年のコロナ整形

首藤 静夫

 新型コロナで外出が減ったのを機に美容整形する女性が増えているそうだ。マスクをつけると、久しぶりの友人に問われても、とぼければ分るまい。俺も真似事をやってみるか。

 向かったのは歯科。歯の黄ばみが以前から気になっていた。コロナ騒動が真最中の歯科は防備が万全。入念なチェックを受け、診察台に。
「どうなさいました」
「いえ、治療じゃありません。歯を白くしたいんです」
「ハッ?」
 こんな大変な時期に何をのんきな、という表情だ。しかし、そこは商売、すぐ具体的な話に入った。歯のホワイトニングは保険が効かない高価な施術だ。値段により何通りかの方法があるらしいが、こちらは安倍晋三君の10万円がある。高いのを選んだ。
 手始めは、微粒子状の薬剤を高速で歯に叩きつけ、表面の汚れを除去するものでブラストという。相当きれいになったので、ここで止めてもいいと思ったが断りにくい。
 次は本格的だ。上下の歯型をとってマウスピースを作る。それにジェル状の薬剤を歯型に添って少しずつ注入し、口に装着する。毎日2時間、4週間である。口内のマウスピースは気持悪く、2時間がとても長い。時々チェックに通い、開始前と今の状態を画像で見比べる。格段に白い。少し気が晴れた。
 歯科医の話では、歯の黄ばみにはワイン、特に赤ワインが悪いそうだ。思い当たることがある。ワインを飲むつど水ですすげという。そんな面倒な!
 かくて無事終了、鏡で白い歯を見てはニヤニヤする。これを誰かに見せたいが、大口開けて見せびらかす訳にもいかない。

 ある日、渋谷の、とある横町にぶらり立ち寄った。一見の店の女将を相手に飲んでいると常連さんが一人入ってきた。話を奪われた。仕方なく飲みながら会話を聞く。その客は歯の調子が悪いそうで、何本かを入れ歯にしないといけないが、ふん切りがつかないという。女将いわく、
「決心しなさいよ。こちらのお客さん、とっても奇麗な歯よ。それ、総入れ歯ですか?」

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