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「800字文学館」

テレビドラマは、罪のないものが一番

斉藤 征雄

「時代や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たす時、束の間彼は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず、気を遣わず物を食べるという孤高の行為、この行為こそが現代人に平等に与えられた最高の癒しと言えるのである」(『孤独のグルメ』冒頭ナレーション)

『孤独のグルメ』は、15年ほど前に『月刊PANJA』に連載された漫画をテレビドラマ化したものらしい。現在日曜の夕方放送されているものは再放送なので、いささか旧聞に属する話なのだが、私にとっては新鮮なので欠かさず見ている。
 ドラマと言ってもストーリーはほとんどなく、30分間主人公の井の頭五郎(輸入雑貨商)がさまざまの食い物屋でそこの名物メニューをひたすら食うという筋立てである。
 奈良漬けにさえ酔うという下戸なので、酒は一切飲まない。店は東京のそこら辺にある庶民的な食堂が中心である。

 画面は、店員などとの会話は必要最小限にして、五郎を演じる松重豊の食べる表情と料理のアップが続く。そして、別に吹き込んだ五郎の感動と感想のモノローグが重ねられる。この独白の言葉が、なかなかユニークで面白い。味を表現するのに「なめらか」や「コクがある」などのありきたりな言葉を使わず「うーん、こう来たか」「ヒヤ~ いい!」などと言うのが好きだ。
 その上松重の食べっぷりが、お行儀を気にせず、もりもりガツガツ一生懸命で見ていて気持ちが良い。こちらの食欲まで触発されるような気になってくる。それもそのはず、松重は撮影のある日は前夜から一切の食事を抜いて臨むそうだから、自然にうまそうに食べられるのだろう。
 しかも出てくる料理は、添えられた漬物に至るまですべてが「旨い」から罪はない。

 かつてテレビの二時間ドラマにハマった時期があったが、罪を犯した主人公が最後に捕まって心境を自供するのを二時間かけてじっと待つのは、時間の無駄のような気がして卒業した。今は『孤独のグルメ』のような罪のないものが一番である。

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