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「800字文学館」

「民は食をもって天となす」

野瀬 隆平

 着飾った若い女性が、テーブルに並べられた豪華な料理をむしゃむしゃと食べている。大食いの芸としてテレビに映し出されているこの場所は中国である。続いて、食べ残された大量の食品が処分されている場面が紹介される。
「このように食べ物をそまつにしてはいけない」、と苦言を呈する習近平の不愉快そうな顔が出てきた。

 米中の対立がコロナ禍を契機に厳しさを増している。さすがに、本格的な武力衝突までには至らないだろう。お互いに、そのデメリットがいかに大きいか、よく分かっているからである。
 しかし、経済的な争いでは、中国は一歩も退かない覚悟でいる。最悪の場合、どんなことが問題となるのかもよく分かっている。国民が食べて行けるだけの十分な食料が確保できるかだ。
 中国の食糧自給率は100%に近いが、近年その自給率が徐々に下がりつつあるのが為政者としては気にかかる。農産物の中では、大豆の海外依存率が最も高く、約9割を輸入していて、「農業国」の米国からも多く買っている。また、小麦も最近関係がぎくしゃくしているオーストラリアから輸入している。

 経済戦争に本気で立ち向かう意気込みと同時に、国民の協力も必要だと訴えているのが、冒頭のテレビ画面なのだ。とにかく、食糧難に陥ることだけは、絶対に避けなければならない。
 古来、中国にはこんな言葉がある。
「王は民をもって天となし、民は食をもって天となす」
 国を治めるとは民を掌握することであり、その民が最も大切だと考えているのが食である、くらいの意味だろう。『漢書』にある孟子の言葉と云われている。
 国を存続させ安定した政権を維持するためには、国民に腹一杯に食べさせることが最優先の課題であり、逆に言えば、食べられなくなったら民が蜂起し国が崩壊することもあり得る、と習近平は考えているのである。

 そういえば、中国の小学校で、食べものを粗末にしてはいけませんと教えている授業風景が、最近テレビで紹介されていた。

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