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「800字文学館」

暑がり 寒がり

長尾 進一郎

 今年の夏も連日の猛暑で、気温35℃のニュースにも驚かなくなってしまった。家の中にさえいれば好きな温度の中で暮らせる現代であるが、それがいかに有難いことか、我々の世代は身に染みて分かっている。
 幼い頃は、夏は戸をあけ放って風を入れ、団扇で扇ぎ行水で涼むくらいしか手段が無かった。冬は今より寒かったと思うが、一つの火鉢を家族で囲み、やがて炬燵やストーブが入ったときは嬉しかった。我慢することも今より多かったが、自然と共に暮らしている実感があった。今の子供は生まれたときからエアコン暮し、暑さ寒さに対する許容範囲は我々より小さくなっていると思う。

 許容範囲といえば、人によって「自分の適温」に相当な違いがあるのに驚くことがある。ときどき会議中に、「エアコンが寒すぎる」、「いや私は暑い」などとやっているのを見かける。1℃違っても気づくくらい、人間は思いのほか気温に敏感らしい。
 わが家では、私はどちらかというと寒がり、家内は暑がりであるが、二人の適温の差は高々3、4℃であろうか。家によっては夫婦間の適温の差が10℃もあって、チャンネル争いならぬエアコン争いをするという話も聞く。

 なぜ人によってこうも適温が違うのかと考えていて、そうか、と膝を打ったことがある。人はこの世に生まれ出たときに、最初に肌で感じた気温を、自分の標準的な気温として捉えるのではないか。私は夏生まれ、家内は春生まれだから、我が家の例でもあてはまる。これだ、とばかりこの自説を家内に披露してみたが、「そんなことはないでしょ」と一蹴された。ネットを調べてみても、この説を支持している記事がまだ見当たらないのは残念である。

 この夏も連日「危険な暑さ」のニュースが流れ、熱中症で亡くなるお年寄りが続出した。一昨年に観測された国内高温記録41.1℃に、今年もあっさり並んだ。高齢者の身として、「自分は夏生まれなので暑さには強い」などとやせがまんするのは止めておこう。

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