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「800字文学館」

リゾート地の音楽祭

川口 ひろ子

 毎年8月末に開催される「草津夏期国際音楽祭」はコロナ禍の為中止となった。代りにHP内に特設サイト「お休みの2020年」を開設、過去40年間に演奏された音楽を、ユーチューブ等を通して9月末までほぼ日替わりで提供するという。
 私が初めてこの音楽祭に参加したのはスタート直後の頃で、まだ音楽ホールはなく、会場は天狗山スキー場のレストハウスであった。「音響学の権威にお願いして、素晴らしいホールに変身させましたのでお楽しみください」と主催者は声を上ずらせて挨拶していた。演奏曲目はモーツァルトの「戴冠式ミサK317」他。テノールのエルンスト・ヘフリガーの年齢を感じさせない若々しい声と気品のある表現が素晴らく、忘れられない名演奏であった。
 時まさに日本の絶頂期、大好きなクラシック音楽と温泉を核にした新しいリゾート地が誕生したのだ。「思い切り楽しみましょうよ」と、同好の志と霧の立ち込めるゲレンデを見下ろしながら語り合った。以来40年、これも時代の流れであろうか、昨今の草津音楽祭では異端の作曲家サテイ等の上演が多い。「置いていかないで!」と必死に食い下がるのであるが、残念乍らモーツァルト好きの私にはこれらの音楽はどうもしっくりとこない。

 温泉はもう一つの楽しみだ。定宿は「ペンションらんぶる」、オーナー夫妻の人柄の良さでリピーターの多い宿だ。私のお気に入りは何といっても勢いよく湧き出す温泉だ。立派な露天風呂も良いが、狭くて古びた内風呂が好きだ。熱い湯を長いゴムホースから出る水で好みの温度に調節しながらゆっくりと身を沈める。溢れた湯は塩分と硫黄の結晶のこびり付いたタイルの上を転がるように流れて行く。子供の頃、両親に連れられてよくこんな温泉場に通った。

 クラシックの演奏会は3密の極み、難しい時代となった。コロナ後の草津はどのように変わるか? オンラインでの草津音楽祭「お休みの2020年」を毎日訪ねて、その辺りも探ってみよう。

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