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「800字文学館」

蜘蛛の巣

長尾 進一郎

 4、5日行っていなかった実家に着くと、玄関前の柱の間に蜘蛛の巣が架かっている。ちょうど胸のあたりに下側の横糸が張られているので、通行に大いに邪魔になる。すぐに取り払おうかと思ったが、巣がなかなかに立派なのと、庭で藪蚊に悩まされる今の季節、この巣で少しでも蚊を捕獲してくれればと考え、とりあえずそのままとして、屈んで巣の下をくぐって家に入った。

 翌朝、外出するため玄関を出てみると、相変わらず立派な巣がそこにあり、巣の中心にでんと構えている体長15ミリメートル位の蜘蛛に初めて対面した。
 玄関の正面に張られた巣は、やはりどう考えても邪魔である。じっとしている蜘蛛に近づき、しばらく睨みつけて「ここは邪魔だぞ」と言って、帰ったら取り払おうと思いながら、巣の下をくぐって外へ出た。
 2時間ほどの外出から戻ってみると、驚いたことに蜘蛛の巣がすっかり消えていた。今日は風も無いから、巣が風に飛ばされたとは考えられない。どう見ても、蜘蛛が巣を自分で取り払って、別の場所に引っ越したというのが結論である。ネットで調べると、巣の材料となる糸は蜘蛛が体内で作り、腹から出して巣を架け、引き払うときは糸を食べて回収する種もあるらしい。

 想像するに、蜘蛛がここに巣を作った時は家が留守になっていて、玄関を人が通らないため安全だと判断したのだろう。それが昨日今日と私が頻繁に出入りしたため、この場所は危険だと分って移動したのだと思う。
 しかしこちらからすれば、今朝出掛ける時に蜘蛛に苦情を言って、帰ってみたら巣が撤収されていたのだから、まるで蜘蛛が苦情を聞き入れて引っ越したみたいな展開である。まさか蜘蛛にそんな聞き分けがあるはずもないが、私が現れたことで、あの立派な巣をあきらめて移動したと思うと、少しだけ持ち主の蜘蛛に同情した。今度巣を作るときはもっと良い場所を選ぶようにと、メッセージを見えない蜘蛛に送っておいた。

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