作品の閲覧

「800字文学館」

君の名は

首藤 静夫

 外出先に妻からの携帯電話。滅多にないので身内の不幸かと心配して出た。
「大変よ。子供が生まれたの」「何のこと?」「出窓の水槽よ。熱帯魚の赤ちゃんが8匹も泳いでるのよ」「それはめでたい」

 以前クマノミなど海水魚を飼っていたが、世話が大変なので昨年から淡水の熱帯魚にした。水槽に水草をアレンジし、グッピイ、ネオンテトラなどを泳がせている。熱帯魚が孵化した経験がないからまさかと思い、嬉しかった。
 帰宅すると妻は別容器に移した稚魚を眺めている。色も形も分らないほど小さい。隔離して様子を見ることにした。
 3週間ほど経ったころ、「これ、メダカよ。なあんだ」と妻。「熱帯魚の中にメダカがいるはずないよ」「庭のメダカ鉢から卵が水草について紛れこんだのよ」
 さらに1週間。「やっぱりメダカよ」「メダカはこんな混色じゃないぞ」。グレーに茶色の混ざった変な色なのだ。しかし妻は言い張る。意見が合わない時、わが家では妻の主張が通るので「では、メダカでいこう」
 そうと決まったら庭で育てているメダカの稚魚と一緒でいい。こうして外に出された。形はメダカだが色は違う。メダカの赤と黒がどこかで掛け合わされたか、それにしてもどうして熱帯魚の水槽に?
 また1ト月が経ち、中学生くらいになったのだけを別の鉢に移した。それを見た妻が、「これ、グッピイよ、ほら尻尾が変じゃない」
 なるほどグッピイのように尻尾が扇状に開き、ひらひらしている。尾の色も赤く変化してきた。自分は惰性で世話をするだけで、観察力は妻が遙かに上だ。こうして8匹はもとの水槽へ。
 稚魚は親のグッピイと一団で泳いでいる。ところが一回り大きいのが雌親を追いかけ始めた。普通なら雄親に攻撃されるのに親の方が離れている。子供が勝ったのだ。ガキのくせに親をつつくとは、このままでは雌がストレス死する。この一匹はまたまた外に移された。今度は鮒や泥鰌が入っている大きな水槽だ。少々暴れてもかなう相手ではないぞ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧