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「800字文学館」

そうめん瓜

池松 孝子

 小学生の私は、母の実家を訪ねるのが大好きだった。ある夏休みの日、祖母が菜園から、楕円形の白っぽい瓜のような小さなかぼちゃを収穫してきた。

 すぐに鍋に水を入れ、三つ位の輪切りにし、種を取り出し、沸騰した中に入れた。二十分位茹でただろうか。それを水の中に放ち、両手で揉むと、みるみるうちに皮がほぐれて、中からそうめんが出てきたのである。

 その一部始終を傍でじっと見ていた私には、祖母がまるで手品でもしているかのような不思議な感じがした。瓜かな、かぼちゃかなと思っていたのに、黄色のそうめんになったからだ。その驚きは五十年以上経った今でも、夏休みの思い出として記憶に残っている。
 金の糸状になったそうめん瓜に、祖母は麺つゆに酢を少し加えたものをかけてくれた。文字通り冷たいそうめんとして食べた。

 このそうめん瓜は、そうめんかぼちゃ、金糸瓜、ぺポかぼちゃともいう。幼い私が、瓜なのかかぼちゃなのか、悩んだが、それもそのはず、ウリ科カボチャ属ぺポ種なのだそう。中国では、ほぐした果肉がふかひれに似ていることから、魚翅瓜と書くという。漢字は便利なものだ。今もって、私には解決したのかしないのか分からないが。

 それから三十年も過ぎたある夏の日、日本橋のデパートで「そうめん南瓜瓜」とあるものを見つけた。何とも欲張りなネーミングである。「あ、これだ!」と思わず声が出そうになった。迷わず買い求めると勇んで帰宅した。
 子供の頃の記憶に頼って茹でてみたが、かなしいかな、その味に感動したのは私だけだった。残念ながら私一人で、あのジョリジョリとした食感を嚙みしめながら、優しかった祖母を偲んだ。

 我が家には、さつまいもと並んでかぼちゃの大嫌いな人がいる。なぜなら、食べ盛りの小学校入学前、嫌というほど食べさせられたからだと、今でも恨めそうに語る。

かぼちゃ小さくみな飢えていたあの夏     大西信行

 この句に、思い当たる先輩方も多いだろう。

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