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「800字文学館」

夏山の低体温症

新田 由紀子

 2009年7月北海道大雪山系のトムラウシ山で8人の登山者が遭難死した。ガイド3名とポーター1名、参加者15名のツアーだった。当時私はこのツアー会社の別の山行に参加していて、遭難の報には衝撃を受けた。
 トムラウシ山の行程は前泊を含め3泊4日。ロープウェイで1600mまで上がり、旭岳、白雲岳、トムラウシ山など2000m峰を経て下山する。一見、夏山アルプス縦走と変わらない中級クラスのツアーだ。参加者たちは快適な稜線縦走に胸を躍らせていたことだろう。
 しかし、夏とはいえ北海道の山の気象は厳しい。その上、山中2日は避難小屋泊まりで連日平均15㎞を歩く。3日分の食料・寝袋を背負っての行動は、体力と経験を要する点で難度が高い。
 最終日はトムラウシを登頂して下山する16㎞の行程だ。前日の風雨の中を17㎞も歩いて、体調を崩している者もいた。避難小屋の混雑で雨具は乾せず充分な睡眠もとれていない。
 当日朝雨は弱く、ガイドは出発を決めた。次のツアー客のために小屋を開ける必要もある。稜線に上がると台風並みの風が襲った。一行は木道で転び岩場にしがみつき、強風下での行動に体力を奪われる。コースタイムの二倍をかけて山頂を迂回し、沼から溢れ出た流れを渡る。サポートのためガイドは水に入り、全員で1時間の渡渉と停滞。濡れと烈風にさらされて体感温度が急速に下がる。充分な保温ができずに低体温症を発症し、意識障害で行動不能となる。座り込んで震える者、棒立ちで朦朧となる者。ガイドの統率と連携は崩れ、パーティーはばらけていく。ガイドの一人は自社に急報を入れ、遭難通報を要請した。歩ける数人を率いて先行したガイドも寒さのために途中で意識を失う。
 深夜に5人が麓の温泉に下山。翌日、山腹でビバーク中の6人が救出され、8人の遺体が収容された。思いがけずに訪れた死にどんなに無念だったことか。
 花の夏山登山がひとたび悪天候に見舞われた時、低体温症が登山者の命取りとなるのだ。

【参考資料】『トムラウシ山遭難事故調査報告書』トムラウシ山遭難事故調査特別委員会 平成22年

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