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「800字文学館」

偽ドル札の製造元

大津 隆文

 過日「一流の偽物」のテーマで迷宮入りした千円札偽札事件が話題となった。その事件の経緯等に関し、紙幣について日本の第一人者である植村峻氏(印刷局OB)に話を聞いた。驚いたのは偽札が精巧であっただけに、当時警察の捜査対象に印刷局退職者のほか、旧陸軍登戸研究所の関係者も含まれていたことだ。戦争中ここで日本軍が中国の紙幣を偽造していたことを初めて知った。
 その後植村氏から恵贈を受けた「贋札の世界史」(角川ソフィア文庫)は興味津々の好著だ。戦時における相手国紙幣の偽造は昔から珍しくなく、ナポレオン軍によるオーストリア紙幣、米国独立戦争時の英国軍による大陸紙幣、ナチスによる英ポンド紙幣等数々あったそうだ。
 米軍も民心攪乱のため空から偽札のビラを散布するのが得意だ。日本には十円紙幣、北朝鮮にはウォン紙幣、ベトナムにはドン紙幣、イラクにはディナール紙幣が大量に撒かれた。なお、最近北朝鮮が猛反発している脱北者の対北風船ビラに添付の一ドル札は本物である。

 近年の偽札で最も有名なのは九十年代、世界に出回ったスーパーノートと呼ばれる偽百ドル札である。偽造は精巧で、米国政府が偽造対策を強化してもすぐ偽札が作られた。
 では製造元はどこだったろうか。まず疑われたのは北朝鮮である。脱北者によれば、平壌市内にドルや旅券等の偽造拠点があるらしい。偽ドル札は北朝鮮の外交官によって海外に持ち出されたという。
 一方、イランも疑惑の対象になった。一説によれば北朝鮮はイランにミサイルを売却したが、知らずに受け取った代金は精巧な偽ドル札で、北朝鮮はこれを資材調達に使ったとのことだ。
 植村氏に真犯人について尋ねたが、北朝鮮やイランの紙幣製造技術が米国のレベルにあったか疑問とのことだった。
 決定的な証拠はなく、中にはCIA陰謀説まであった(独有力紙)。さらにマフィア、テロ組織説もあり五里霧中のままだ。よく「偽札作りは割に合わない」と言われるが果たしてどうだったろうか。

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