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「800字文学館」

私のおうち劇場 その2
新国立劇場(初台)の「魔笛」

川口 ひろ子

 コロナ禍により閉館中の新国立劇場は、4月10日より過去の公演記録映像を無料配信する「巣ごもりシアター」を始めた。

 第1回は、2018年秋に上演されたモーツァルトの「魔笛」。ヨーロッパで活躍した指揮者大野和士を新芸術監督に迎えてのシーズン開幕記念公演だ。
 若者が多くの試練を乗り越えて成長する姿を描いたドイツ語オペラ「魔笛」。東京フィルハーモニー交響楽団の活気に溢れた演奏が心地よい。
 現代アートの巨匠ウィリアム・ケントリッジによる演出は、プロジェクションマッピング(コンピュータで作成した3D映像を舞台上に映す照明技術)を駆使した大作であった。しかし、この演出は初台の為の書下ろしではなく、ベルギーのモネ劇場で15年前に初演された舞台の再演で、指揮は待望の大野さんではない。「肩透かしか?」と憮然としたが、これが非常に密度の濃い上質の舞台で、私の不機嫌は完全に消えていった。

 時代は第一次大戦後、場所はアフリカ大陸。主役のタミーノは猛獣狩りを楽しむ貴族の青年だ。欧州人による植民地主義に対する怒りなど、南アフリカ出身の白人・ケントリッジの主張が全編に語られている。例えば、白黒映画が投影される場面、無邪気に遊んでいた1匹の犀が次のシーンでは縛られて吊り上げられてゆく。高価な犀の角欲しさにアフリカの自然を荒らしに来る欧州人への強い怒りのように思えた。それらがモーツァルトの甘美な調べの中にすんなりと納まっているのに驚いた。
 ザラストロ役のサヴァ・ヴェミッチが好演。長身の若手、歌唱に乱れもあったが、重厚なバスの低音は、独裁者の威厳をしっかりと表現していた。夜の女王役の安井陽子は超難関のコロラトゥーラを完璧に歌っていた。しかし緊張のあまり声も体もコチコチで、一寸お気の毒であった。

 今回、大量の光の交差に気を取られて、演出家の主張が不明確のままフィナーレとなった。コロナ収束の折には、その辺りを劇場でじっくり鑑賞したいものだ。

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