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「800字文学館」

サービス付き高齢者用住宅

浜田 道雄

 昨年の春、都内のサービス付き高齢者用住宅に移ろうかと真面目に考えて調べてみたことがある。きっかけは強烈なメニエル症の発作に襲われて、救急車の世話になったことであった。

 大相撲三月場所の千秋楽の日、テレビ観戦を終えて立ち上がろうとした途端、突然激しいめまいがして立っていられなくなった。ひどい吐き気もする。
 しばらく安静にしていれば治るだろうとはじめは思ったが、めまいも吐き気もかえってひどくなる。とうとう夜半になって救急車で病院に運んでもらう騒ぎになり、急いで東京から息子を呼び寄せた。
 そんなことで家族から離れての一人暮らしが不安になり、彼らの住む東京へ引っ越そうと考えたのだ。

 どうせ移るんなら飯を作る面倒のないサービス付き高齢者用住宅がいいと思ったが、これには多くの友人から違った意見が届いた。
 Oさんは「しばらくまえに友人が入ったが、どこを向いても年寄りばかりで気が滅入るといっている」という。
 高校時代からの友人で両親の介護をしたあとその知識を活かして高齢者施設をレイテイングするNPOを立ち上げた男が最近サービス付き高齢者用住宅に入ったので、聞いてみるとこんな返事が返ってきた。

「高齢者住宅にいると気が滅入るというのは当然だ。入居者は女性が圧倒的で男は少ない。私のところは女40人に男は3人。しかもこの3人のうち2人はボケていて歩き回るだけ。あとの1人も最近入院した。
 女性たちとは三食食堂で一緒になるけれど、挨拶だけで会話は弾まない。趣味の合う人を見つけるのも難しいよ」
 どうやら高齢者用住宅は考えていたような「三食介護付きの極楽」ではないようだ。

 そうこうするうち、発作もおきなくなった。するとまた考えも変わってくる。
「サービス付きに移るのもいいが、急ぐことはないな。たまに救急車のお世話になることがあっても、やはりここで海を眺めての一人暮らしがいい。それに家族がそばにいるってのも結構面倒くさいしな」

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