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「800字文学館」

新茶と三通の便り (その2)

藤原 道夫

 K君は学位論文をまとめる時に私が指導に当たった医師で、現在都内の大病院に勤務している。昨年お父さんが亡くなったお見舞いを兼ね、COVID-19についての情報を得たいという気持ちも働いて新茶を送った。
 便りには新茶のお礼に続いて、COVID-19の件で病院は総力をあげて取り組んでいる、自分自身は後方支援的な業務に当たる立場であるとした後で、彼の意見が書かれていた。やや難しいので、要約しながら紹介する。

「専門家といえどもパンデミックに関して経験が乏しいので、その推移と全体像の把握が困難なこと(必然的に事態の解釈に幅が生じ、結果が不確実になる。それが情報を受ける側の不安を誘発する)、マスメディアを含む社会全体が不確実な状況への耐性に乏しいこと、それに行政機関がリスクコンミュニケーションに不慣れなために過剰な社会不安をあおる結果となっているように思われる」

 このような問題に対する彼の考えは

「科学が本来内包している不確実性を理解すること、データ解釈の疫学的な方法論を社会全体に広めること、これらの理解をベースとして個人自らの責任で考え判断することが重要だ」

 U君は学部の同級生で、T大学医学部泌尿器科教授を勤めた方。私が40代半ばの頃に突然血尿が出たことがあった。翌日彼に電話をかけると、明日訪ねて来るように忠告された。彼は半日かけて私の腎盂のX-線写真を撮ってくれた。血尿は原因不明のまま何時しか消えた。「君、助かったね」彼の一言を今もはっきり記憶している。その彼からの便りに身に染みることが書いてあった。この2月に大動脈解離で緊急手術を受け、九死に一生を得た、そのような身には新茶の香りが一層美味しく感ぜられると。

 新茶を送って受け取った三通の便りを通して、生老病死について考えさせられている。

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