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「800字文学館」

新茶と三通の便り (その1)

藤原 道夫

 例年だとゴールデンウイークに入る前に新茶を楽しむことができる。ところが今年はコロナ禍のために店が閉まっていて手に入らない、また好みの銘柄を検索してもうまくヒットしない、とい訳で何とか手配ができたのが5月も半ばになってから。南さつま市の製造業者から取り寄せることになり、ついでに贈りたい方の分も注文した。幸いにもとても美味しい新茶が入手できた。送って間もなく先方から便りが届く。それらの中で三通がとても感慨深い。

 先ず札幌市に近い街(市)に住む北海道礼文島出身のHKさんから。手紙に「母は今年2月に91歳で静かに息を引き取りました」とあった。二年続きで喪中はがきが届いていたお母さんのIKさん宛に送ったのだ。さまざまなことが思い出される。
 学生時代友人と二人して礼文島に出掛けた折に、米屋さんで土地の有力者でもあったKKさん宅に居候させて頂いた。すべて友人が手配してくれたのでいきさつはよく分からない。KKさんはとても気さくな方で歓待に預かり、いい気分で過ごさせて頂いた。ウニや新鮮な魚(ソイという名を記憶している)がふんだんに食卓に上ったし、礼文島に咲く花々をたっぷり見ることもできた。奥さんのIKさんは大変だったろう、幼子を3人抱え、御主人の両親も同居していたのだ。HKさんが長男で、皆に可愛がられ、しきりに名前を呼ばれていたのが耳に残っている。
 手紙に20年前に礼文島を引き払って札幌近郊に越したこと、10年前には父親が亡くなったこと(これらは知っている)が書いてあった。HKさんは長じて北海道庁の保健・福祉関係の部署で働くことになる。この春に起こったCOVID-19問題では大変な思いをしたようだ。過去形を思わせる文で書いてあり、彼は定年になったのかも知れない。時は移って行く。そう、友人もとっくに鬼籍に入ってしまった。
 新茶を飲みながら思い出す礼文島での居候の体験は、多少モザイク模様になっても、私の心中でその時のままに生きている。

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