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「800字文学館」

田子の浦港のテクノスケープ(産業景観)

川口 ひろ子

 コロナ禍は一向に収まらず、鬱々とした気分で部屋に籠る日が続く中、嬉しい記事を日経夕刊で見つけた。「日本のテクノスケープ(産業景観)」と題する連載記事で、紹介するのは工場夜景など産業が作り出す景観についての研究をしている、岡田昌彰近畿大学教授だ。第1回は静岡県富士市の田子の浦港で、私の生まれ故郷だ。

田子の浦ゆ うち出てみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける

 万葉の歌人山部赤人の詠んだ歌と共に岡田先生撮影の写真が掲載されている。手前にはシラス漁から戻ったのであろうか漁船が並び、中段には白煙を噴き上げる大小の工場群、その奥にはうっすらと雪をかぶった富士山が雄大な裾野を広げている。駿河湾上空から写した光景であろうか? 見事な写真はまさに「現代版富嶽三十六景」だ。

 私は戦中戦後の約20年をこの地で過ごした。昭和20年敗戦の年のこと、食料増産の為に芋畑になった校庭では運動会など出来ない。そこで1時間ほど歩いて今は田子の浦港となっているあたりの浜に遠足だ。砂に足を取られ、よろけたり、転んだり、結構楽しく遊んだ。
 此処でシラス漁が今も続いているのは驚きだ。シラス街道等も現れてブランド魚の様に扱われているが当時は安価な総菜用の魚で、荷を担いでやって来る漁師のおばさんから買った。新鮮な魚の美味しい記憶は今でも私の舌に残っている。
 富士市は紙の街、富士山が齎す豊かな水の恵みにより沢山の製紙工場が点在する。その間を縫って走るのが岳南鉄道だ。私は3年間この電車で沼津の学校に通った。JR吉原駅と岳南江尾駅の間9.2Kmを結ぶ小さな鉄道で、盲腸線などと言われて冴えない電車であるが、昨今、ここから見る製紙工場の夜景がブームになっているという。

 岡田先生お奨めの筆頭は何と言ってもスケールの大きな京浜工業地帯の景観だ。
 さてその次は、富士山とコラボして夜だけではなく、昼も美しい田子の浦港のテクノスケープではないかと私は思っている。

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