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「800字文学館」

四十年ぶりの洗濯

首藤 静夫

 洗濯機を回すのは四十年ぶりだ。夫婦二人暮らし、妻が新型コロナで寝込んだら家事全般が回らなくなる。今のうちに最低限のものを覚えておこう。掃除は見よう見まねでやれる。先ずは洗濯だ。
 独身寮時代の洗濯機は二槽式。当時の洗濯は洗い物に洗剤の粉を入れ注水する。後はスイッチオン。ここまでは簡単だ。しかし濯ぎが大変だった。水が澄むまで脱水と注水を繰り返すのが面倒だった。乱暴な奴は注水したまま、回転させたまま、いなくなってしまう。回転は時間で止まるが、濯ぎの水は遠慮なく入っている。槽内は奇麗さを通り越してシャツが薄くなって見える。誰も止めやしないから、持主が戻るまで水は出っぱなしだ。洗濯機を使えずに頭にきた奴が、槽内の洗濯物を全部外に放りだして自分のを始める。いやはや乱暴なこと。

 妻の監督下、四五回洗濯機を回した。難しい。操作ボタンが多く手順を覚えられない。洗濯量が槽内で自動計算され、洗剤やら柔軟剤やらの分量が指示されるのに驚く。物によってはネットに入れたり、皺になるのが嫌なTシャツ類は脱水の途中で早めに取り出したりと複雑だ。吊す作業も大変。針金ハンガー・四角ハンガー、内側・外側・目隠しとうるさい。うちの洗濯物など誰が盗るんだと言ったら睨まれた。シャツを針金ハンガーに掛けるのも一苦労。首から袖に通すのが簡単なのだが、それでは首回りが伸びるから下から通せと言われる。やっと通すと今度は衣紋が抜けているだの、ハンガーの向きが不揃いだのと。独身の時は、畳に新聞紙を広げ、脱水した物をドサッと置いて乾かしていた奴もいた。表面は乾いたが中は……。
 ベランダに干すのは妻の番。これは隣近所の外聞を気にしてのことで、主婦のやることは抜け目がない。それでも白シャツが五月の風にそよいでいるのは気持ちがいい。
 仮免レベルには行ったと思うが、最後に洗濯物を畳まねばならない。きれいに畳めるまでにはコロナが退散していますように。

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