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「800字文学館」

『最後の授業』とアルザス人

志村 良知

 フランスの北東部ドイツとの国境にあるアルザスは、独自の文化、気質それに言語を保って現在でもボージュ山脈の向うのフランス本土とも、勿論ライン河の向うのドイツとも、一線を画している。どこまでまじめなのか分からないが、アルザス独立運動すらある。
 このアルザスを舞台とし、アルフォンス・ドーデが1873年に発表した『最後の授業』という短編がある。普仏戦争下プロシャ軍に占領されたアルザスで、フランス語教師のアメル先生が、アルザスの少年たちに使用を禁止される事になったフランス語の素晴らしさを説き、最後に「フランス万歳」と黒板に書いて終わる熱烈なフランス賛歌である。日本では戦前にも戦後にも、国語の教材として取り上げられた時期があったせいで多くの人に知られている。アルザスというと、ああ『最後の授業』の、と言う人は多い。

 ある時若いアルザス人と話していて話題がアルザスの言語に及び、『最後の授業』を彼が知っている前提で話していたら「何それ」という顔をされた。その時は話し方が悪いかドーデそのものを若い人は読まないのかと思ったのであるが、興味が沸いたので『最後の授業;La Derniere Classe』のコピーを用意して周辺のアルザス人に聞いて回った。アパートの隣人、工場長含む年齢階層が様々の同僚たち、合計で30人には聞いたと思う。
 それで分かったのは、現在のアルザスにおいても『風車小屋便り』の中の『スガンさんの牝山羊』が国語の教科書に載っていて誰もがドーデを読んでいるという事。しかし『最後の授業』を知っている人はほとんどおらず、読ませても特に興味を示さないという事であった。中にはこんな話はドーデの作品では無いと断定する人もいた。
 アメル先生は、現代のアルザス人から見ても当時と同じくボージュの向こうから来た異邦人にすぎないようである。それは想像できても大部分の人が『最後の授業』は「嫌い」ではなく「無視」という態度だったのは意外だった。

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