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「800字文学館」

りんごの頬っぺ

大津 隆文

 この冬もチエちゃんの家からりんごが届いた。
 山形は天童の蜜の一杯入った美味しいりんごだ。三十年以上前、次女の東京の小学校と天童の小学校との間で、六年生の生徒がそれぞれの相手の家に泊まり合うという交歓イベントがあった。次女がペアになったのがチエちゃんだった。我が家に泊まりに来た少女のりんごのように赤い頬っぺが印象的だった。彼女の家が果樹農家だったお蔭で以来年末になるとりんごが到来する。採れ立ての最上級品で、締まった実を噛みしめると蜜がじわりと広がり幸せな気分になる。
 と同時に悔恨の気持もじわりと浮かんでくる。というのは、高校を卒業したチエちゃんが看護師になるため上京したと聞き、是非一度我が家に来てもらおうと思っていた。しかし、次女が浪人中だったこともあって延び延びになっていたある日、チエちゃんは東京に馴染めず天童へ帰ってしまったのだ。どうしてもっと早く声をかけてあげなかったのか、いつまでも悔いが残っている。

 英語でりんごはアップル、ビッグ・アップルというのはニューヨークの愛称だ。昔その地に駐在していた時、家族でりんご狩りに行ったことがある。幼かった子供達は大変喜んだが、驚いたのはりんごが青く小さく原種のようだったことだ。日本は品種改良がとても進んでいるのだと誇らしく思った。他方、米国のサクランボは安くて大粒でおいしい。これでは日本のサクランボは席巻されると思ったが、私の予想は外れた。
昔から、バナナ、オレンジ、グレープフルーツ、サクランボ等の輸入自由化が検討される度に、国内の果樹生産は壊滅的な打撃を受けると騒がれた。しかし、いつも日本の農家は試練を乗り越え、今や国産のりんごやイチゴは海外でも好評と聞く。
 チエちゃんの家のサクランボも最近始めたラ・フランスもとても美味しい。彼女はご両親と一緒に果樹園の経営に励んでいるのであろうか。あのりんごの頬っぺをした少女に幸多かれと切に祈っている。

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