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「800字文学館」

思い出貯金

内藤 真理子

 テレビに映る日々のニュースや番組の流れ、トピックスなどで、色々な場所が登場する。
 それをボーっと見ながら「アッ、ここは行ったことがある」なんていう所が出てくると、うろ覚えの記憶を辿ってしばしば赤面したり喜んだりしている。そのすべてが思い出貯金だと思っている。
 最近は新型コロナウイルス騒動で武漢が頻繁に登場する。そういえば二十年前に観光で武漢に行ったことがある。その頃からあそこは大都会だった。観光をした後に同行の六名でずらりと並んで足もみをしてもらった。観光は何処に? の記載は思い出通帳にない。
 翌日、武漢から出来たばかりの高速道路に乗り半日がかりで荊州まで行った。武漢を出ると道路の両側は見渡す限りの蓮根畑。行けども行けども右も左も地平線まで……思い出なので少しオーバーかもしれないが。広い中華人民共和国のみんなの口に入るのだろうな~と、感慨深く眺めた記憶がある。
 もう一つ、高速道路上のトイレは十室くらい壁を隔てて並んでいるのだが、ドアがない! 便器の下には川の如く水が流れている。当時の中国では上等なトイレではあったが、随分ばつの悪い思いをした。
 長いバス旅の間に、ツアーガイドさんが
「これから行く荊州は刑務所の荊と書きます。悪い人ばかりが住んでいます」と笑わせる「荊州では〈生ミイラ〉を見ることが出来ます」
「生ミイラ?」これも冗談だろうが不快。バスはやがて荊州博物館に着いて半信半疑のご対面。二千年前の六十代の男性だそうだ。肉付きは生きている人と同じだが、赤黒い皮膚は膨張している。二千年もの間、彼の入っていた樟で出来た棺が冷たい流水に浸かっていた為に奇跡的に〈生ミイラ〉になったそうだ。「その呼び方、何とかならないの?」も、思い出の通帳に残っている。
 新型コロナウイルスが広がっている昨今「濃厚接触をした人を特定して」の言葉を聞く度に不快に思う。「至近距離にいた人」でも良いのでは?
 罹災された方の回復を祈ります。

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