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「800字文学館」

鶴見川は偉い

志村 良知

 大きな台風の来襲で河川の氾濫が頻発した令和元年、多摩川も氾濫を起こした中で我が家の近くを流れる鶴見川は想定内で終始し、結果として何事も起きなかった。
 鶴見川はかっては大変な暴れ川であった。河口付近の川底が岩盤で浅いことと、河口から12キロ、新横浜付近で川の方向が180度変わる通称大曲り付近まで標高差がほとんどないことで流れが悪い。昭和期にも大曲のすぐ下流の太尾地区(現・大倉山)をそっくり水没させる大洪水が何度かあった。古い地図によると大曲の流れの外側にあたる新横浜駅一帯は新幹線が通るまで家一戸無かったが、おそらく危険で住めなかったのであろう。流域には、水防を御利益の第一とする杉山神社という御社が数多く祀られている。
 大曲りから下流では潮の満ち引きで大きく様相が変わる。かなりの勢いで流れていることもあれば、鏡のような水面に景色を写していることもある。満潮時には逆流もする。さらに一級河川中、流域の人口密度全国第一位、地面の70パーセントがコンクリートで覆われているとなると、ここに大雨が降ったら流域全体があっという間に危険な状態になるであろうことは素人でもわかる。
 流域の、雨水を直接川に流さずに貯めたり、トンネルでバイパスさせたりする設備はかなり大規模なものらしい。中で最も大きな調整池は大曲の上流右岸にある新横浜運動公園そのものである。公園側の堤防が対岸より低く設定してあり、増水時には自動的に越水して運動公園になだれ込む。施設の中心である、日産タジアム・新横浜競技場の周囲も水没する前提になっている。台風19号でも周辺が水浸しになり、ラグビー・ワールドカップの日本戦開催が危ぶまれる一幕もあった。

 鶴見川は人間の営みと深くかかわっている。渇水期の流れの半分は何らかの処理水・排水だという。しかし、治水だけでなく水質浄化にも頑張っていて、さすがに川に泳ぐ子はいないが、魚も棲み、それを狙う鷺や釣り人もいる。

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