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「800字文学館」

竜巻2話―『北越奇談』*から

大月 和彦

 『北越雪譜』とともに越後の奇書といわれる『北越奇談』は、北越地方の奇怪な話や地理、気象など雪国の珍しい話を集めた本である。
 著者崑崙橘茂世は、1761年越後寺泊に生まれたとされるが、没年ははっきりしない。
 この書の巻一は、竜蛇の奇、闘竜、竜力など竜についての話だ。信濃川の河口近い北越地方は低湿地で潟や沼が多く、竜にまつわる話が多い。冒頭にある二話は寛政年間に起きた竜巻の記録である。

 第一話は「竜蛇の奇」。ある年の秋、崑崙は小舟で新潟の港へ向った。途中阿賀野川を横切り、掘割に入る頃風雨が激しくなり舟を進めることができない。夕方には水しぶきが天まで届き、舟底に突っ伏せる。船頭が「竜巻が来た」と叫び、舟底に転がり込む。一陣の黒雲が渦巻いて向かってくる。速いこと矢のようである。その勢いは波を巻き起こし、砂を飛ばし舟に近づく。竜蛇は白刃を恐れるという話を思い出し、立ち上がって刀を抜いて額に当て舳先に座る。竜巻が舟を襲ってくるが、竜の姿は見えない。雲がうごめいて、竜の頭と思われるあたりに光がきらめき、風と共に後ろへなびいていた。雷に似た響きとともに東南へ向った。通り過ぎた跡は立木がなぎ倒され、枝は吹き飛ばされていた。一瞬のできごとで、思えば夢のようだった。

 第二話の「闘竜」。ある年の夏、信濃川に近い池で、北西の風が急に吹き出した。黒雲が水面に落ちた瞬間、百雷が一度に響き渡る。黒雲が田畑を覆い,二つの火の塊が争い始めた。東へ向かうと思うと北に引き返すなど空を駆け巡る。稲妻が光り雷鳴が響く。猛烈な風が左右に吹き分け、盆をひっくり返したように雨が降ってくる。無数の石弓の矢が放たれようで、こぶし大の氷の塊が飛んできた。体に当たれば皮膚は破られ、骨が砕かれるだろう。風が通り過ぎた所は、家が傾き、木は倒れ、石も転がっていた。一頭の竜は東に向かって家々を荒らしながら、加茂町の山際に沿って行き、一頭は三条の町はずれを過ぎて南方に飛び去った。(20・1・8)

*『現代語訳北越奇談』1991.・野島出版:

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