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「800字文学館」

冬のアメリカにて

安藤 晃二

 十二月ニ十六日、もうBoxing Dayか、とニューヨーク時代を思い出す。クリスマスの翌日、プレゼントを開ける日であるそうだ。れっきとしたバンク・ホリデー(銀行が閉まる公休日を呼ぶ)である。シカゴのオヘア空港が霧で、旅行客の立ち往生振りをCNNが報道中、昔の冬の記憶が次々と蘇る。

 濃い霧は、酷寒の地表に異常な暖気が流れ込むのが原因であり、十二月後半に起こる事が多い。オハイオヴァレーから五大湖へと風が流れる。
 あるとき仕事で、トロントから車でデトロイトへ向かった。エリー湖の北側を数時間のドライブの予定が、到着は三日目となった。所謂ミルキーフォッグの大渋滞に巻き込まれ、視界は一メートル、真っ赤なテールランプの破片が散らばる事故現場を幾つも見ては降参、道路沿いのホリデーインに泊まる。翌朝まだ居座る霧の中にノロノロと分け入る。異常な経験であった。

 エリー湖の南岸、クリーブランドをニューヨークから空路で訪れ、タイヤメーカーの集積するアクロンへ車で行く。帰途雪になる。やがてしんしんと、ワイパー音が軋しみ、メリーゴーラウンドの浮揚感を覚え、体調発作を疑う。未経験のフィッシュテールが始まったのだ。雪の中、ハンドル制御不能の恐ろしさ、新雪上の運転の問題を肝に銘じた。

 ニューヨークの寒さには身を切られる。摩天楼に抜けるような晴天が似合い、人々は防寒用ライニング付きのコートで闊歩する。小学生のウサギの耳あて無しには、一ブロックも歩けない。至る所に静電気、バリバリと来る。華氏零度未満の朝、鏡の斜面を運転する方法はない。ブレーキを踏む坂で車はクルクル回る。這う這うの体で自宅に戻る。ドアの中は、妻もゼロ歳児もTシャツ姿、ボイラーの轟音、エネルギー使い放題のアメリカがあった。

 テキサス最南端の町ブラウンズビルの冬、ジェット気流が寒気を連れて来る。椰子の芯が腐り樹木は枯れた棒状となって倒壊した。北回帰線上の町が1902年以来心待ちにする降雪は未だ実現しない。

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