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「800字文学館」

渋谷スクランブル交差点

川口 ひろ子

 渋谷スクランブル交差点は、十数年前に海外のメディアによって日本に紹介された。スクランブルしてもぶつかり合うことなく巧みに身をかわす日本人の行儀の良さを語る記事であった。後日、この映像がTV放送されると大へんな評判を取った。一回の青信号で3000人ともいわれる人が一斉に動き出す様子は、巨大都市東京を象徴する光景として世界に発信され、昨今は大勢のインバウンドが訪れる観光名所となった。

 多数を占める中国、韓国系の人たちはほとんど日本人と区別がつかない。自撮り棒を高く掲げ無我夢中の若者、交差点の中心に一列に並んで記念写真に納まる元気な女性達。
 欧米系の旅行客はTVの様に交差点を見下ろす構図がお好きなようだ。先日デパートで買い物中に「地元の方ですか?」と声をかけられた。銀髪の老婦人を案内するガイドさんだ。スクランブル交差点をどうしても上から撮りたいので近くの良い撮影スポットを教えて下さいとのこと。それなら右へ左へと一寸得意になって教えてあげた。果たしてこだわりの傑作は生まれたであろうか? 彼氏の肩の上に両足を乗せて立ち上がりカメラを構えているアメリカ人女性。地べたに頬ずりして縞模様と一緒に画面に納まろうとしている金髪男性、異国にきてそこまですることないだろう!
 お母さんのスカーフ姿ですぐ判るインドネシアの家族連れ、添乗員の掲げる旗の後をぞろぞろと歩くロシア人たち、陽気な中南米系と、交差点は様々な人種で賑っている。

 目下渋谷駅周辺は大規模再開発中、多くのビルは超高層ビル生まれ変わっている。現在渋谷の住人で生活道路として日夜この交差点を渡っている私は、昭和30年代にこの地にやってきた。闇市などまだ敗戦の傷跡が色濃く残っていた頃で、思い出多いこの街の変遷に興味は尽きない。
 今後も買い物帰りには、スクランブル交差点で大袈裟にはしゃぐインバウンドの皆さんの摩訶不思議な行動をじっくりと観察して楽しんでやろう。

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