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「800字文学館」

鑑真和上とエコー・サウンダー

野瀬 隆平

 エコー・サウンダーあるいはソナーと呼ばれる装置がある。  海中など直接目で確かめるのが難しい状況で、相手の存在を知るのに使われるものだ。音や超音波を発信して、はね返ってくるエコーで対象物の存在を認識する。例えば漁船に積まれている魚群探知機や、敵の艦船などを探索するために潜水艦に装備されているソナーなどである。

 話は変わるが、読書会で『天平の甍』を読んだ。遣唐使として唐に渡った僧たちが苦労して仏教を学び、唐の高僧、鑑真和上を日本に招へいするのに、いかに奔走したかを描いた井上靖の小説である。
 僧の一人、普照は鑑真と一緒に日本に行くに当たって、何度も船が難破するなど艱難辛苦を共に味わう。その中で二人の間にお互いの心が通じ合う師弟関係が築かれる。鑑真は度重なる苦労もあり失明するが、日本に渡る意志は固く変わらない。
 話の中に、いくつか印象に残る箇所があるが、一つが次のような感動的なシーンだ。普照と鑑真が船に乗って日本に向かう場面である。

 鑑真は船縁に背をもたせるようにして、少し顔を仰向けて坐っていた。鑑真は突然、そこから三間ほど離れていた普照の方に顔を向けた。
「照よ、よく眠れたか」鑑真は言った。
「ただいま、眼を覚ましました。お判りになりましたか」普照が驚いて言うと、
「盲いているので判るはずはない。先刻から何回か無駄に声をかけていたのだ」
 そう言って鑑真は笑った。普照は笑わなかった。

 ここを読んだとき、突拍子もない物を連想した。それが「エコー・サウンダー」である。視力を失った鑑真は、三間先の弟子を目で捉えることが出来ない。いつ目を覚ますか分からない相手に対して、一定の間隔を置いて声を発し続け、その反応から普照の状況を知ろうとしたのである。

 確かに似たところがあるこの二つ。しかし、人と人との間に飛び交う心には温かさがあるが、科学が生み出した装置には冷たさを感じる。そこが決定的に違うところであろう。

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