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「800字文学館」

戸隠宝光社の地蔵盆

大月 和彦

 修験道で知られる信州戸隠神社、観光客で賑わった夏が終わり、静かさを取り戻しつつある宝光社の地蔵盆を見た。
 地蔵盆は、地蔵菩薩の縁日に当たる8月23日に行われる宝光社集落の祭り。京都を中心に近畿地方で盛んに行われているが、信州では珍しいという。祭りは夜から。宿坊でビールを飲んで待つ。八時、打ち上げ花火の爆音が響く。
 出て見ると、近くの御旅所にあてられた集会所から神楽の列が集落の下方にある地蔵堂に向かって出発するところ。道の両側には紅い祝い提灯が飾られ祭りの雰囲気を演出している。太鼓と横笛のひびき、神輿を曳く若衆の掛け声が地蔵堂に向かっている。住職と地元宝光社の神職が加わっているのは、明治初年の神仏分離で戸隠山顕光寺は、寺を分離して戸隠神社となり、僧は還俗して神職になった故事による。
 地蔵菩薩は「路傍や街角のお地蔵さん」で、子どもの守り神として信仰されている。宝光社の地蔵堂に安置されているのは、下半身が地中に埋まる白面の石仏。弘法大師が戸隠山に登った時に岩に刻んだ延命地蔵菩薩と伝えられる。 地蔵堂の広場には、地元の人たちや帰省した親子、観光客など大勢が集まっている。屋台が出て、焼き鳥や綿あめなどの匂いがいっぱい。近くの空き地から打ち上げられる花火が漆黒の空に舞い輝く。
 地蔵堂内での儀式が終わり、広場に作られた舞台で獅子舞いが始まる。数人一組での舞いが終わると一人だけの舞いが続く。横笛のもの哀しい音色と太鼓の響き、獅子頭を操る汗だくの青年、長く単調な舞いがやっと終わる。
 舞台の上からお菓子やピーナツ、三角形の餅などが撒かれる。舞台の上に置かれた妙高の名酒「君の井」の四斗樽が開けられ、柄杓でプラスチックのコップに注がれる。
 シュルシュルッと音がして広場の真上に大きな花が咲いた。戸隠の夏の終わりの行事地蔵盆の幕が閉じた。
 かつて宝光社に遊んだ中村草田男は次の句を残している。

戸隠祭太鼓と笙とまちまちに
獅子頭畳の上の灯の提灯
花火毎に戸隠空闇赤く青く

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