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「800字文学館」

負の遺産

野瀬 隆平

 政府が抱える膨大な借金。これが次世代に残す大きな負の遺産であるとよく云われるが、果たしてそうだろうか。
 外国からの借金ならともかく、ほとんどが国内で借りたものである。この借金に対しては、それと同じ額の富や資産を誰かが持っていることになる。次世代の人たちが借金を背負うというのならば、当然のことながらそれと同額の資産をだれかが受け継ぐのだ。
 今日ある日本の富は、戦争で破壊しつくされゼロから出発して、これまでの世代が築き上げてきたもので、次世代に遺産として引き継がれる。
 ここで思い出されるのが、数年前に評判となった『21世紀の資本』でトマ・ピケティが語っている、次の言葉である。

国全体が持つ国富の大きさを考えるとき、公的債務の大きさだけを見て、恥ずかしい債務負担を子孫の代に遺そうとしているとか、ボロをまとい灰をかぶって許しを請うべきなどという発想は、まるで筋が通らないのだ。

 しかし、負の遺産が何も無いと云っているのではない。
 解りやすい例としては、事故を起こした原子力発電所を処理できずに、将来世代に残してゆくことや、地球規模での環境破壊などがある。
 一方、見過ごされがちなのは、予算が無いからとの理由で、道路や橋などの社会インフラを、メンテナンスが不十分なまま半分壊れかかった状態で引き継ぐのも負の遺産と考えるべきだろう。
 また、次世代を育て上げる教育にも問題がある。スイスのさる機関の調査によれば、日本の国際競争力がどんどん低下していて、1989年から4年連続世界第一位だったのが、今や30位にまで下がっている。
 その原因の一つは、教育に対して十分な予算を付けてこなかった事だと考える。OECDのデータによれば、教育への公的支出(対GDP比)は、比較可能な35か国の中で、日本が3年連続して最低であるという。

 必要なところに十分なお金を政府が使わないことこそが、本当の意味で次世代にツケを残すことなのではなかろうか。

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