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「800字文学館」

新世代の演奏

川口 ひろ子

 《新世代カルテットの旗手》と題するコンサートを聴いた。演奏はヴァイオリン2丁とヴィオラ、チェロから成る「ドーリック弦楽四重奏団」。平均年齢は30歳代後半か。1998年イギリスで結成され現在欧米で最も注目されている若手弦楽四重奏団だ。演奏されたのはモーツァルトの弦楽四重奏曲プロイセン王1番、2番とハイドンのひばり。

 開演だ。ヴィブラートが少なく、極端に速いテンポ、強弱をはっきりと付け、上半身を激しく屈伸し、各楽章の終わりには大袈裟に弓を振り上げる、古楽奏法だ。
 厚みのある低音を響かせるヴィオラ奏者E嬢は体を大胆に揺らせる。その度に長い金髪が宙を舞い実に美しい。代表格のチェロ奏者J氏は完全にスタミナ不足で、パワフルなヴィオラ奏者E嬢の隣で影が薄い。チェロの名手プロイセン王に献呈するために作曲されたというこの2曲、チェロの低音が全体を締めてフィナーレかと期待したが残念であった。「何だかヴィオラばかりが目立って変わった演奏だね」モーツァルティアン歴60年の同好の志K氏も不満顔だ。
 個性を尊重する現代社会ではあるが、奏者4人がそれぞれの主義主張を大声で喚き合っている感じのこの夜の演奏に違和感を覚えた。しかしこれが欧米社会で好まれる新世代の表現なのかもしれない。

 1789年のフランス革命によりヨーロッパは未曽有の新時代を迎えた。呼応して同じ時期に作られたモーツァルトの多くの弦楽四重奏曲の中に旧来の枠を超えた何かを模索する彼の意欲を感じることが出来ると専門家は説く。曲も然ることながら、ここ数年来のクラシックの演奏表現も激しく変化している。
 今秋偶然ではあるがこの革命の時期に作られたモーツァルトの6作品を連続して聴く機会を得た。私は何か変革を求める若手奏者の新鮮な演奏表現に感動した。しかし此の夜のドーリックの極端な自己中心主義は好みではない。アンサンブル重視の緻密な弦楽四重奏を聴かせてほしいと思った。

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