作品の閲覧

「800字文学館」

「ご婦人乃宿 泊(とまり)や」

新田 由紀子

 三泊四日で奈良の高取山、大阪にまたがる金剛山、そして和歌山の高野山を巡る旅。夜行バスで奈良に着いた足で三大山城で名高い高取山に登ってから、翌日の金剛山のために大阪に移動したい。一日目の宿をネットで探したら、大阪富田林に「ご婦人乃宿 泊や」というゲストハウスを見つけた。登山口へのバスが出る富田林に泊まれるのは願ってもない。
 登山で山小屋泊まりに慣れると、街でも旅館やホテルよりはゲストハウスやユースホステルを選ぶ。余計なサービスはなく、ユニークで気楽な雰囲気、何よりも低価格が魅力だからだ。 さて初日、高取山を降りてきて壷坂山駅から近鉄線で40分、富田林に着く。はて「泊や」の宿泊は夕食付で予約したが飲み物が問題だ。
「お酒って、どんなの置いてあります? それって冷や? お酒持ち込んでお燗できるかしら? ビールはキリン? アサヒ?」とまくしたてると、電話口のお姉さんの声は間延びして要領を得ない。そう、ここは大阪南河内なのだ。
 宿は「じないまち」と呼ばれる伝統的建造物保存地区の中心にある。引き戸をあけると、中庭へ通じた土間の左にトイレ・洗面・シャワー室、右側は上がり框で居間・洋間・座敷・台所へと続いている。純日本家屋の懐かしい間取りだ。重い荷を解いて早速町並み散策に出かける。
 小路に沿って豪商や造り酒屋の木造建築が軒を連ねる中に、住民の生活がある落ち着いた一画だ。町家カフェや工芸品の店を覗いたり、河岸の展望台からどっしりとした金剛山地を眺めて、ぐるりと一時間ほどぶらつく。
 宿に戻りシャワーをすませていざ食卓へ。今夜は外国人客の予約があるが多分もう来ないから始めましょうと、お姉さんはおおらかに手作りのお惣菜を並べる。ビールから地酒に移る頃、手つきも鮮やかにホットプレートの上でお好み焼きが出来上がる。
「大阪のお好み焼きには絶対コレです」と、見慣れぬラベルのソース自慢をひとしきり拝聴する。そう、ここは大阪南河内なのだ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧