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「800字文学館」

モーツァルトのピアノ三重奏曲を聴く

川口 ひろ子

《1788年の奇跡》と題する演奏会を聴いた。曲目はモーツァルトのピアノ三重奏曲3曲で、演奏はピアノ、ヴァイオリン、チェロから成る「トリオ・アコード」。奏者は30歳代後半か? 国内外の多数のコンクールを制覇したイケメン達で東京芸大の同級生だという。
「うまいねえ!」終演後の仲間たちの一致した感想だ。澄み切った音色、緻密を極めたアンサンブル、一分の隙もなく計算された演奏水準の高さには一同感心するばかりだ。こういう出会いがあるからコンサート通いはやめられない。

 テーマの《1788年の奇跡》が意味不明、そこでモーツァルト書簡全集を開いてみた。この年の前半は記載がなく6月より始まっていたが、これが何とフリーメイスンの同志プフベルクあての借金申し込みの手紙であった。「……あなたの真の友情と兄弟愛にすがって、厚かましくも……」と哀切この上ない。以降モーツァルトは同様の手紙を合計21通残していて、これが彼の晩年貧困伝説の根拠となっていると言われている。
 そんな暮らしの中から生活費捻出のために生まれたのがこの3つのピアノ三重奏曲で、豪商プフベルクの家庭音楽会の為に作曲されたという。当時何か楽器を演奏できることが上流階級の証とされ、一族が邸宅に集いサロンコンサートを開くことが流行していた。モーツァルトは彼らの為にアマチュアでも演奏可能な易しい曲を多数作っていて、この3曲もこの範疇だ。しかし実用音楽のままで済まないのがモーツァルトたる所以で、曲の中に「天才が醸し出す深い陰影を持った人生観」が見え隠れすると言う。出演者はこれを「奇跡」と呼んだのであろうか?

 聴衆に曲の美しさを再認識させ、新たな感動を呼び起こさせるのが演奏家の腕前だとか。この日の「トリオ・アコード」との出会いでこの言葉を思い出した。しかし私はうっとりと聴き入るばかりで、見え隠れする「陰影」まで達することが出来なかった。まだまだ修行が足りない。

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