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「800字文学館」

ノルウェーの旅2 フロム線とソグネフィヨルド

志村 良知

 1998年5月24日。
 ベルゲン近辺はストライキのシーズンとかで、交通機関や観光施設の多くが閉まっていた。朝、旅行代理店で今日動いている手段を使ってコースを組み立てる。国鉄ベルゲン線でミュールダールに行き、フロム線でソグネフィヨルド最奥のフロムに下り、快速船でベルゲンに戻る。ベルゲン着は相当遅くなるが、真夜中でも明るいのであまり不安は無い。
 フロム線は標高差863m、距離20.2km、電気機関車牽引の列車が崖を穿ち渓谷を渡り、最大斜度55パーミルという世界屈指の急こう配を走る。ショース滝というフロム線に乗らないと見られない滝が売り物で、滝見物用の停車場がある。無人の滝をバックに記念写真を撮りたい。事前に開くのは右側ドアと調べておいたので、カメラを手にオクさんとドアにかじりついて開くのを待つ。「開いた、それっ」と走る。ところが若い女性で、とてつもなくはしこいライバルがいて、結局彼女が背景に入ってしまった。
 終点フロム駅、鉄道ホームの終端から少し離れた波止場の脇の駅舎に歩く。ストで観光客が集中し、駅のカフェテリアは難民給食状態、人波をかき分けてパンとソーセージとスープをゲットする。食ってしまえば、快速船の出航まで暇である。谷底の村の斜面の畑、リンゴの花の下で白馬が遊ぶという嘘のような風景のもと、のんびりと海を眺める。水上機が離水して行く。

 快速船は5月の空気を切って走る。しかし、ここは北国ソグネフィヨルド、その風がとにかく冷たい。身を切るとはこのことか、デッキには誰も出てこない。私たちも格好つけの写真だけ撮ってキャビンに引っ込む。地理の教科書にも出てくる世界最大のフィヨルドは思ったよりはるかに広く、両端の1000m近いという崖もそんなに高く感じない。船は観光要所では徐行してくれる。外海のベルゲンに近づくにつれ、崖は低くなり家が増える。
 ベルゲンで今夜は鯨の竜田揚げにしよう。

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