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「800字文学館」

男の日傘

浜田 道雄

 クラブの「会員談話室」にOさんが「男の日傘」を書いている。毎日の散歩に、この夏の暑さを避けるため日傘を買い求めたという。差して歩くと、木陰とともに歩いているようでなかなかいいとご満悦である。
 私もこのごろは外出するときにいつも傘を持ち歩いている。だが私の傘はOさんのようなダンデイを気取るものではない。もっと切実な生活必需品なのだ。

 三月末大相撲春場所の千秋楽の日、相撲中継を見終わって立ち上がろうとしたら、突然激しいめまいと吐き気に襲われた。動くこともできなくなり、横になったまま発作の治まるのを待ったが、夜半になってもめまいも吐き気も強くなるばかり。やむを得ず、救急車の世話になって病院へ運んでもらい、手当てを受けた。

 その後この発作はおきないが、買い物などで外出する折には身体がふらついたり吐き気がおきそうになって、「また,あのときのが・・・」と不安になることがしばしばある。それで医者をしている友人にこのことを話すと、「外出のとき杖を持って歩くといいかもしない」とアドバイスしてくれた。
 以来外出には傘を杖代わりに持って歩くことにした。傘は杖としても充分の長さがあるし、雨に遭っても心配ない。もちろん、今年のような猛暑には強い日差しを避ける日傘としても使える。

 不思議なことに傘を持って歩くようになってからは、身体がふらついたり発作がおきるのではないかという嫌な予感がしなくなった。どうやらこれは心理的なもので、傘を手にしていると「安心だ」と思うかららしい。傘は「転ばぬ先の杖」でもあるのだ。いまでは、傘は外出に際しては手放すことのできないわが友となっている。

 この傘、この春京都三千院の参道で買った24本骨で黒フチ濃い緑、なかなか粋で格好もいい。京の男衆の好む持ち物といってもいい代物だ。
 ならば、私もこの傘を「男の日傘」として差して歩き、ちょっとダンデイぶりをOさんと競ってみようかと思いはじめている。

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