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「800字文学館」

オデュッセウスの冒険(1)『神曲』から

藤原 道夫

 オデュッセウスは、木馬の奸計などによりトロイア戦争でアカイア(古代ギリシャ)の勝利に貢献した英雄。彼は「男は頭を使って前に進まねばならない」といつも考えていたようだ。トロイア戦争の際も、故郷に残した妻ペーネロペイアに再会するまでの10年余の間にも。『オデュッセイア』(ホメーロス、前8世紀)には困難をのりこえてゆくこの英雄の姿が生き生きと描かれている。

 オデュッセウスの名は古代ローマ時代にイタリアに伝わったが、 『オデュッセイア』の全貌は拡がらなかったらしい。14世紀初頭ダンテは『神曲』(地獄篇26歌)のなかで、この英雄を涜神者・詭弁を弄して部下を騙した者と断罪し、地獄に落としている。理由はこうだ。困難を乗り越える毎に部下を失った英雄は好奇心に勝てず、神が越えてはならないとしたヘーラクレースの門(ジブラルタル海峡の最も狭いところ)を突破して先に進む。その際部下に次のように演説する。

 おお兄弟たちよ、・・・・・・
 残りわずかとなった人生の黄昏時に、
太陽を背に、人なき世界を知ろうとする
この経験を拒もうとは思うまい。
 諸君の生まれを考えてみよ。
諸君は獣のようにいきるべく生まれてはいない。
徳と知を求めるべく生を授かったのだ。

 門を突破してアフリカ沿岸を南方に進んだ一行は、荒波にもまれてついに海の藻屑と化す。これはダンテが創作したオデュッセウスの冒険の顛末であった。

 後代の人々はダンテの詩を都合よく利用する。トリノ冬季オリンピック(2006年)の開会式で古代から現代に至るイタリアの文化が紹介された。中世の場面で前に掲げた詩が朗読された。ダンテがイタリア中世を代表する人物として選ばれたのは当然として、オデュッセウスが部下を鼓舞した詭弁ともいえる演説が、オリンピック参加選手を激励する言葉として引用されたのだ。『神曲』を熟知し、その詩句を自在に」使いこなせるイタリア人ならではのことだろう。

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