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「800字文学館」

サッポロ・ニッカ・男山・国稀

三春

 小学生の頃から北海道に憧れていた。まだ新聞に土地売買や求人の広告が載っていた時代で、私の遊びのひとつは、北海道の土地を買ったらどんな家を建てるか、見取り図や間取り図を描くことだった。売地の場所を地図で確かめ、風景やそこに建つはずの家を空想するうちに白々と夜が明けたことも。

 後年、生活安定と教育費のために思いついたのが賃貸住宅による副収入である。「北海道の売り家は安い」という友人の一言がきっかけで、実地検分もせず真っ先に買ったのが札幌の中島公園に隣接する4LDKの中古マンションだ。売値が安いということは家賃も安いということなのだが……。
 その時から25年間も住み続けてくれた老夫婦が先月いよいよ転居することになった。気のいい老夫婦に長年の感謝を伝えると、住み慣れた土地への想いが胸に迫るのか「売るのは勿体ない、是非ご自分で住んでみてください」と熱く語る。さて今後どうするか。売るか貸すか自家用かの三択で大いに迷う。そこで、まずは実際に体験してみようと、遅まきながら行ってきた。

 地下鉄札幌駅から3つ目の中島公園駅はまさに公園内にある。繁華街の喧騒を離れた緑濃い公園を抜けると、鴨々川のせせらぎ沿いにそのマンションが見えてくる。地下鉄や市電の駅、スーパーマーケットやレストランにも徒歩数分。住みやすさは確かに抜群だろう。だが、都会的な快適さは逆に小さな不満でもある。ロシアのダーチャのような丸太小屋で森の自然を楽しみたいが、新たに居を構える気力も失せたし、車なしでは動きもとれまい。つまり、今を逃せば北海道に住む機会を永久に失うことは明々白々。

 こうして、ささやかながら別宅というものができた。家財道具は最小限でいい。ここをベースに放浪するのも面白そうだ。サッポロ、ニッカ、男山、国稀。スープカレー、ラーメン、成吉思汗、何より嬉しいのは海産物だ。寿司ネタの豊富さと鮮度の良さは東京の二倍、値段は半分。

 美酒と美食が私を呼んでいる!

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