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「800字文学館」

自然に返し、自然に還る

野瀬 隆平

 林に囲まれたこの一画だけが草原で、ところどころに若木が植えられている。幅は5、60mで段々畑のように先にゆくほど一段ずつ高くなっており、200mほど奥の森へと続いている。ここは、ゴルフ場が多い房総のある町である。
 バブル時代の建設ラッシュの折に、土砂が採掘された跡地なのだ。自然が破壊され地面がむき出しになった荒地を、何とか元に戻そうと始められたのが、「樹木葬」の墓苑として再生するプロジェクトである。

 運営しているのは、日本生態系協会という公益財団法人で、八千草薫さんや、気象予報士の森田さんらも理事として応援している協会だという。2016年に出来たばかりの墓苑は、まだ若い木ばかりで木々に深く覆われるまでには至っていない。
 埋葬の区画には二種類ある。一つは合葬型で、すでに植えられた木の周りを囲むように複数の人たちが埋葬される。もう一つは、個別墓で1.5㎡ほどの区画に二名までを埋葬し、そこに木を一本植樹するもの。
 遺骨は骨壺から取りだして白い布の袋に入れ換えて埋葬する。生前の名前が書かれた小さな木の札が置かれているだけで、石や金属など土に還らないものは一切ない。
 それぞれの木々がうまく育つように、高木と低木を交互に配置しかつ適度な空間を設けるなど、細かな配慮がなされている。
 段々畑のようにと書いたが、上にある眺めの良い区画は値段も高く、最も高い個別墓は200万円する。ちなみに、一番安い下の方にある合葬墓は30万円である。死んでからも、お金のある人は「山の手」に住めるのか、と一瞬そんなことが頭をよぎった。

 そういえば、横須賀に住む70代の男性が、次のような手書きのメモを残して亡くなったと聞いたことがある。
「私し死亡の時 十五万円しかありません 火葬と無縁仏にしてもらえませんか 私を引き取る人がいません」
 確かに、自然に還るにも、埋葬するまでのもろもろの費用を考えると、とても15万円では賄いきれないようだ。

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