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「800字文学館」

歴史上の人

大森 海太

 今回は孫の話でご容赦いただきたい。
 私には3人の孫がおり、いずれも女の子である。一番上(娘の子)はすでに高校生になっているが、下の2人(息子の子)は5歳と2歳半で、ともに近所の保育園のお世話になっている。彼らはお父さんやお母さんに叱られると大人しくするくせに、じーじやばーばは自分たちと同格、あるいは保育園の友達と同じくらいに思っているらしい。それどころか上のほうは「じーじ、お酒ばかり飲んでたらダメでしょ」などとこわい顔で睨んだりする。一番下はすぐに駆け出すので危なっかしくて目が離せないが、それでも「じーじ、だーいちゅき」などと言ってやってくると、爺さんはもうそれだけでメロメロである。

 この一番下から私のことがどのように見えるのであろうか。彼女と私の齢の差は数えてみると71年と9ヶ月である。と言うことは私にとって昭和20年3月の誕生から71年9ヶ月前に生まれた人がどう見えるかと同じこと、これはすなわち明治6年(1873年)6月生まれの人のことだと知って愕然とした。
 この年は明治の元勲岩倉具視たちの訪欧使節団が帰朝し、また西郷隆盛が征韓論に敗れて下野した年である。ヨーロッパでは普仏戦争に勝利した結果ドイツ帝国が誕生し、その2年後の1873年とは、宰相ビスマルクが外交手腕を発揮して独墺露三帝同盟を締結した年であり、負けたほうのナポレオン3世が没した年である。こんな昔に生まれた人はもちろん今は生きていないし、私から見れば紛れもなく「歴史上の人」ということになろう。

 一番下がもう少し大きくなって物事が分かるようになったら、

「じーじが生まれたころ、日本はアメリカと戦争をしていて、広島や長崎に原子爆弾を落とされたんですよ」
「えーー?」
「じーじが生まれたときには、まだヒットラーやムッソリーニが生きていたんですからね」
「そんな人知ーらない」

 いやはや、彼女から見れば私はもはや歴史上の人になるのかもしれない。

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