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「800字文学館」

ノーベル文学賞 川端康成

清水 勝

 先日の「何でも読もう会」で川端康成著『山の音』を読んだ。この作品には季節の移ろいを示す章題が付けられ、歳時記的に進行していく。さらに主要テーマではないものの、茶や能といった日本的な小道具も配されている。
 そこで思い浮かぶのが、川端康成が1968年に日本人として初のノーベル文学賞を受賞したことだ。受賞理由は「日本人の心の精髄をすぐれた感受性をもって表現した」と述べられている。
 受賞記念講演で川端は、「美しい日本の私」と題して、日本人の精神の伝統を説いた。道元、明恵、良寛という三人の僧の和歌を引用して、自然と融合した日本人の心を説明した。そして自然を愛し、友とする絵画、生け花、日本庭園、茶道などの美意識を世界に発信した。
 さらに死についても、自然との合一、自然への回帰であるとの考えを述べた。その三年五ヶ月後、川端は仕事部屋のマンションでガス自殺をした。遺書らしいものは何もなく、様々な憶測が飛び交ったが、いつしか氏のいう自然との合一、回帰とされるようになった。

 日本人ふたり目のノーベル文学賞は1994年に、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。その世界では生命と神話が凝縮されて、現代の人間の窮状を描く摩訶不思議な情景が形作られている」との受賞理由で、大江健三郎が受賞した。
 大江の受賞記念講演は「あいまいな日本の私」と題し、私は「美しい日本」の作家ではなく、「あいまいな日本」の作家であると語った。川端康成が受賞して二十六年が経ち、氏の死後にこうした皮肉的、批判的な題をつけて講演したことに違和感とともに、大人気なさを感じた。

 2017年にノーベル文学賞を受賞した日系英国人のカズオ・イシグロは、受賞記念講演の中で、「私がやったのは、私が知っている日本の特別な色彩や習慣、礼儀作法、尊厳、欠点などすべてを書き残しておくことでした。小説を書いて私の日本をつくろうと思った」と爽やかに述べているのが印象的だった。

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