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「800字文学館」

高取城址

新田 由紀子

 大和盆地の南端飛鳥川の源に高取山(584㍍)がある。小一時間で登れる低山だが、南へ越えれば桜の吉野、西は大阪平野を控えた葛城・金剛の山々、眼下に古代史の揺籃明日香の里、と恰好の位置にある。
 14世紀その山の頂に、豪族が砦を築いたのが高取城の始まりという。時代と共に城は主を代えて築城が進んだが、17世紀高取藩主14代目で山を降りて居館を移した。のち明治維新の廃城で取り壊されて今日に至っている。日本三大山城といわれる城構えが、大木を生やし苔むした石垣となって残る様子は「古城の哀れ」を物語る。
 「高取城址は蛇だらけ」と地元で聞いて恐れをなし、断念したのは去年の夏。今年は夏季を避けた。奈良市内から近鉄線で南下して壷阪山駅で下車、山麓の壷阪寺までバスに乗る。眼病封じの寺を門前で拝んでから歩き始める。「五百羅漢遊歩道」とある山道に入り、無数の仏像を刻んだ巨岩や摩崖仏を辿って登る。暗い樹林に忽然と古い墓地が現れ、道が上下して不安になるが、「高取城跡」の道標が先へと導く。4~50分で壷阪口門跡に出た。木の根をからませた豪壮な石垣に沿って城内に入る。中門・千早門・大手門と石組を回り込んで登るうちに方向感覚が怪しくなる。登りきった頂上は広く均された本丸・天守跡だ。累々と残る力強い石組に圧倒されつつ、城主の気分で眺めを満喫した。
 周遊コースは城址を北へ抜けて起点の壺阪山駅まで続く。国見櫓を過ぎて二ノ門跡まで下ると、傍らに佇むのが猿石だ。明日香の古墳から運んで据えたと言われる。ひっそりと水を湛えた池堀跡で蛙が今を盛りと鳴き交わし、竹林が鳴って出陣の雄叫びもかくやと。1時間ほど下ると高取の城下町へ入った。街道沿いに長屋門や薬屋・呉服屋・油屋など、古い町並が保存されて目を楽しませてくれる。奈良と新宮を結ぶ国道を渡れば駅は目の前だ。
 これ見よがしの整備・復元が罷り通る今日、草生す「高取廃城」の有様は大和の地ならではの見応えがあった。

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