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「800字文学館」

美味しいもの

内藤 真理子

 食べ物の好みは、年齢とともに変化するように思う。
 五十代の頃、友達同士で他愛もなく「明日死ぬと思ったら何が食べたいか」などと言い合ったことがある。
 ラーメン、お寿司、○○屋のあんみつ、夫が作ってくれた五目ずし、等々、色々あったが、私は断然、自分で作ったコロッケだった。
 今になると、なんであんな面倒な物を選んだのか、お腹には溜まるし手間もかかる。今ならご免だ。

 先日、いとこ一家が九州から遊びに来た。平日の昼間で、ほぼ全員が酒豪。
 招くに当たって、手が掛からなくておいしい料理、欲を言えば安上がりなら一層ありがたい、と献立を考えた。
 思いついたのは〝手巻き寿司〟これなら酢飯さえ作って置けば火を使う手間を最小限にすることが出来る。ほうれん草をさっと茹でて水に放ち、固く絞った。厚焼き玉子は更に手を抜いて、買ったもので済ませよう。手間暇かけて作るよりずっときれいで美味しい。水に戻した椎茸は、甘辛く水分が飛ぶまで煮て五ミリの厚さに切った。これで火を使うものはおしまい。

 私の好みの、マグロの赤身、イカ、鯛の刺身は短冊に切り、赤貝のひも、青柳は塩水につけてさっと洗っておこう。
 付け合わせの野菜は、胡瓜と大葉、カイワレ大根。
 大皿を用意して贅沢に奮発したイクラを中心に飾る。放射状に刺身と野菜を等間隔に並べて出来上がり。
 ほうれん草と厚焼き玉子、椎茸は、別の皿に盛る。そうだ、納豆にも少し塩をしてワサビも入れて隅っこに置こう。
 これなら海苔を巻いて寿司にも、つまみにもなる。酒は頂き物の越乃寒梅があった。かくして、のん兵衛の一族は大満足。

 盛り上がって「死ぬ前に食べたいものは」と誰かが言い出した。
 田舎の従妹一家は「やっぱり冷やし汁かね=宮崎の郷土料理で焼いた鯵と味噌、ゴマをすり鉢ですって出汁を入れ胡瓜の輪切りを散らしてご飯にかける」
「私は白いご飯にうるめ鰯の丸干し。あの苦みがたまらない」
 そういえば私の両親もこんなものが好きだった。

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