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「800字文学館」

クサイ話

首藤 静夫

 スマホを練習中であるが、こんな使い方になるとは――。
「きれいになったら写真に撮ってきてください」
「??」
 年に1度、大腸の内視鏡検査を受けている。今度で3度目だがこんな指示は初めてだ。大腸の検査自体は比較的簡単なのだが準備が面倒だ。何しろ腸内をすっかり空にしないとポリープか異物か分かりづらい。クリニックは慎重になる。数日前から食事制限や下剤の服用など遠慮がない。
 検査当日の朝。自宅で下剤入りの水を2L飲む。15分間隔で2時間以上かけて飲む。飲んだ都度、排便の状態をシートに記入する。便が次第に薄くなり、完全に透明な水溶液になったらオーケーだ。それを写真に撮ってこいというのだ。

 いよいよ開始。15分ごとに飲んではトイレにいく。出たり出なかったりを繰り返し、相当薄まったところで数枚、練習用に撮影する。
(うーん、もう少しだ)
下剤の水をさらに飲み続ける。
(よし、これでいいだろう)
 撮影にかかるが便器内が少し暗い。便座を上げて内部を広く明るくする。屈み込んでスマホを液面に近づける、落とさないよう慎重に。指がこわばってくる。
 突然、屈んだ状態の後ろ頭をトンと叩かれた。どきっとした瞬間、スマホが手の中で踊った。危ない! 冷や汗が出た――犯人は自動で降りてきた便座だった。怒りがこみ上げた。
(こんなことまでして・・・・・・)

 クリニックでは明るい看護師さんが、
「あ、きれいですね。これなら大丈夫です」
「昨年までは、クリニックに来て最終チェックでしたよね」
「そうですけど、昼間の時間帯は出ない方が多いんですよ。それで・・・・・・」
 僕と同年配の人が、スマホを間にして別の看護師さんと揉めている。
「これで十分だろう」「いいえだめです、ここでまた飲んでください」
 隣のご婦人は、家で余り出なくて、そのまま来ましたと訴えている。看護師さんは大変だ、タフで明るい人でないとやれないな。
 写真はまだスマホにある。この苦心作をどうしたものか。

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