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「800字文学館」

さかさまの地図

大森 海太

 ヒマなときは、家にこもって本を読んだりしてもすぐに眠くなるし、外に出て四季折々の空気にあたりながら、アチコチ散歩するほうが余程気持ちがいい。山手線の内側ならだいたい分かっているので、適当に方向を決めてあとは行きあたりばったり、通りすがりの店で買わなくてもいいものを衝動買いしたりする。

 最近はオリンピックを控えてインフラ整備が進んでいるせいか、其処ここの街かどに大きな地図が設けてあるので、どれどれと足を止めて眺めてみると、アラ不思議、ふだん見慣れた地図とは全然違う。よく見るとなんと南が上でさかさまになっていたり、あるいは東や西が上だったり、要するに地図の立っている方向にあわせて表示されているので、カーナビと同じである。これはとにかく地図の通りに右に曲がって左に曲がって目的地に出られればいいという人向けで、そういえば近頃はスマホでもナビができるらしく、同じように画面頼りに行先を探している若者を見かける。

 昔から地図は北が上と決まっていて、その内容が頭に入っていれば、周囲の状況で自分が今どの辺にいてどちらを向いているかおおよそ分かるし、あるいは太陽の位置などでも見当がつく。さかさまの地図やスマホを見ている連中は、西も東もなく全体感が欠落していて、ただ現在地から行きたいところへのルートさえ分かればいいのだろう。私案では、この際道路上や駅構内にある地図はすべからく本来の北が上に切り替え、見る人が立っている方角との関係が分かるように、全部南向きに設置するべきだと思うのだが・・・(カーナビは池田さんの真似をして北が上に固定した)。

 余談であるが、日本列島の地図をさかさまにして眺めると、ロシアや中国にとってわが列島がいかに目障りに見えることか。ロシアの地図をさかさまに見ると、バルト海、北海を経て、あるいは黒海、ボスポラス海峡、地中海を経て、大西洋に出る道のなんと迂遠なことか、分かるような気がする。

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