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「800字文学館」

北斎と『北越奇談』

大月 和彦

 両国のすみだ北斎美術館で「北斎アニマルズ」を見た。江戸後期の浮世絵師葛飾北斎は、美人画、風景画、武者絵などのほか、哺乳類、鳥・魚・虫などの生き物を多く描いている。リアルな動物やデザイン化された動物だけでなく実在しない怖そうな動物や化け物の絵をも残している。

 北斎漫画などに描かれた動物の絵を集めたこの特別展に『北越奇談』に出てくる怪物の絵があった。渓流の岩で釣りをしている男と、対岸にいる男が竿をかついで逃げていく図だ。よく見ると男がいる岩には眼と口が見え、大きな蝦蟇のようだった。「岩と思ひて怪物の頭に鈎をたるゝ」の説明文がある。

 釣り好きの村松藩の武士が渓流をさかのぼり、山陰深く淵に面した滑らかな疣(いぼ)のある岩の上で釣り糸を垂れていた。と、対岸で釣りをしていた男が突然竿をかついで立ち上がり、手招きで早く帰れと指さし、ものもいわず逃げて行った。武士も心細くなり、岩から離れ、男に追いついて事情を聞く。「貴公の坐っていた岩は、両眼を開き、大きな口を開けてあくびをしてまた閉じた。眼は赤く火のように光っていた。蟒蛇(うわばみ)に違いない」と言って逃げ帰った。後日、武士がそこへ行って見ると岩らしいものはなかったという。

 江戸後期に書かれた『北越奇談』は、塩沢の人鈴木牧之の『北越雪譜』とともに越後の二奇書といわれ、越後に伝わる怪談や化け物の話、人物や雪国の風景などが書かれている。著者は橘崑崙。宝暦年間の生まれと推測され、没年もはっきりしない。越後の三条、出雲崎か豊栄の人ともいわれている。

 『北越奇談』は、江戸の戯作者柳亭種彦が編集し、江戸で出版された。
 挿絵の大部分は、越後に行ったことがない北斎が想像して描いたもの。
 巻頭の見開きには「北越雪中之図」が載っている。雪深い山道を行く馬の隊列、道に印された無数の足跡、蓑笠を着けて馬に乗る男が描かれている。『北越雪譜』の「駅中積雪之図」と重なり合う雪国の風景だ。

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