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「800字文学館」

高齢ドライバー

安藤 晃二

 昨今高齢ドライバーによる深刻な交通事故が社会を揺るがす。母娘死亡の十人の死傷の死傷事故、運転者は八七歳、立派な頭脳集団の職歴がある。「アクセルが戻らなかった」、欠陥車か。しかし、何故かブレーキを踏まず、時速100kで走り続けた。

 ロンドン時代、我が家にはベビーシッターがローバー・ミニで通って来た。B夫人七二歳、ドシンドシンと巨体で家中を威圧して回る。試験が難しい国柄、運転免許の話をする。「そんなもの持ってないよ。わたしゃ三十年間この静かな住宅地を縦と横に動くだけ、警官も来ないし危険がある訳がない」。かんらかんらと笑い飛ばす。清水崑の蛙の二重顎の老婦人、そんな挿絵付きで、企業から転身した、以前この町に住んだ新進日本人作家が、いみじくも「フロッグ婆あ」と表現した。元気なお婆ちゃん、その秘訣はミルク、「毎日1ガロンは飲むわ」と豪語する。彼女はその年の暮れ、心筋梗塞でミニの秘密と共に身罷った。

 この二つの話は世の真実を語る。運転免許を持ち運転能力のない八七歳氏。法を捨て、自らのモラルだけで生を全うしたB夫人。

 三七歳、僕は難関を初回で通過、英国運転免許を取得する。有効期限七二歳で途中更新は不要。合格の要求とコツは四方への注意力の誇示だ。その後の海外出張で英国免許が活躍、国交省に翻訳料でしかない国際免許料を収める事は稀だった。そこで提案したい。日本の運転免許証も和英併記とし、少なく共五〇歳まで更新不要としては。以後定期更新、対象者の、特に脳の健康審査と、実のある運転能力試験実施に国費を使う。行政改革にも寄与するので一石二鳥だ。

 昨日、また少女死亡の交通事故が起こる。英国では小学校への送迎を親に義務づける知恵がある。

 免許返納済の妻、「あなた、運転は買い物先とお医者への獣道だけにしなさいよ」。電話が鳴る。駅から歩けば十分の帰り道に私設タクシーの呼び出し、ジム疲れの妻は歩かない。高齢ドライバーが今日も出動する。

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