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「800字文学館」

挫折したボランティア

新田 由紀子

 定年退職して地元に目が向くと、ボランティア活動に興味が湧く。一昨年の4月区報で「日本語教室ボランティア養成講座」の募集を見つけ、地域文化振興課へ申し込み、抽選で受講資格を得た。
 当年度20名の受講者は退職者だけではなく、海外経験のある主婦や若年者もいた。講習は週1回3時間で6か月間、費用は1万円。現役の古参ボランティア日本語教師が速成日本語教師の授業にあたる。概論・文法・発音・品詞・文体・会話・敬語とカリキュラムは進み、実習や模擬授業を経て終了証書をもらい、区内の日本語教室への配属が決まった。
 そこは、週1回1時間半の夜間クラスで、ボランティア教師が3人、生徒は12、3人だった。事前に公共施設の教室の予約をするのは、教師の仕事。施設利用料金は生徒の月謝500円に含まれ、ボランティア教師も同額を毎月教室運営責任者に納める。私鉄で5駅も乗る交通費などは出ない。
 受け持たされたのは3人の中国人とフィリピン人。養成講座で習得した『みんなの日本語』という教科書に従って授業を進めるのだが、これが一筋縄ではなかった。あいさつ・導入・音読・単語・発音・文例と粛々と課程を運ぼうとしても、首を傾げられたり、じっと目を見つめられたり。センセイコレェワカラナイ、と言われるのはまだましだ。
 教材作りには想定外の時間がかかった。イラストや単語・文例を集めてプリントを作り、授業のシミュレーションもする。会話練習のために、家にある小物を持って行く。苦心して仕込んでも、生徒が来ない時もある。授業後は教師同士でミーティングをする。月1回の交流茶話会のアレンジもする。

 人を教えるのは心身のエネルギーを使ううえに、完全な無償奉仕・手弁当ときている。半年続けたところで根が尽きた。短時間とはいえ、アルバイトなどとは異質な場だった。役に立ちたい、と志したボランティアだが、自分にはその精神が足りないことに気付いたほろ苦い経験だった。

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