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「800字文学館」

199編の文章

野瀬隆平

8年前の3月11日に東日本を襲った大震災。首都圏に住む自分は、大きな被害は蒙らなかったものの、何かしなければという、いたたまれない気持ちになっていた。
 当時、文章を書く勉強会の仲間で、「800字文学館賞」と称して、毎年一回、全国の人たちを対象に800字で書いた文章を募集しており、開始から3年目に入ったところであった。
 そこで、その年は「東日本大震災特別公募」として、震災に係わるテーマに限定した文章を募集することに。5月から7月にかけて三回にわたって呼びかけたところ、合計199編もの応募があった。中学生を含む幅広い年齢層の人たちが応えてくれたのである。いずれも強い思いを込めて書き綴った文章で、優劣をつけることに忸怩たる思いをしながら、入選作を選ぶ作業を進めた。

 入選作品で印象に残っている一つに、青森の女性が書いた『水玉模様の紙おむつ』という文章がある。
 永年にわたり夫を介護しつづけていた作者は、震災の後やっとのことで入院している病院にたどり着く。ベッドに横たわる夫の無事を確認してホッとし、身の回りの世話をしようと毛布を捲ったら、なんと水玉模様の可愛い紙のおむつをしていた。震災で必要な物資が病院に届かず、子供用のおむつをつけていたのだ。

 入賞の通知に、早速返事があった。寝たきりの夫と向き合って六年、何の楽しみもない毎日を過ごしていたところに、この入賞の知らせを受けたという。
「人生初の賞金は宝物です。……きっと天からのプレゼントだと信じています」とある。  翌年、同人誌『悠遊』を送った時の礼状には、
「夫は今年の1月に他界いたしました。……最近、少しずつさびしくなって参りました」と悲しみが吐露されている。
 しかし、その一方で、「文章を書くことで、心の整理がつくこともあります」ともあった。

 心の苦しみや悲しみは、文章に書き表すことで和らげられることもある。大震災の年に集まった199編は大切に残しておきたい。

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