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「800字文学館」

日本二千六百年史

稲宮 健一

 大川周明の名前は東京裁判での奇行で覚えている。過去の人の著書が最近新聞広告に載っていた。 何かと思って気を引いき、横浜市の図書館で検索すると、「日本二千六百年史」の表題の本の在庫が多数あった。過去の本がなぜこんに広く読まれているのか疑問に思い借用した。

 この本は復古版で、一昨年が初版なのにすでに沢山の人に読まれていることに驚いた。本は三十章からなり、そのうち大化の改新以来、明治維新に至る歴史は偏りがあまりなく、かなり正確に書かれている。それに比して、最初の章の神話から国のかたちができるまでの記述には違和感を持った。地政学的な見地で日本の国土を見ると、海に囲まれているので、蒙古襲来以外に他民族が大量に押し寄せてくることはなかった。結果として、血統の連続性が良く保たれた。天皇の系図が神代から継続して切れることなく現在に至っている。大川はこの万世一系の伝統こそ日本の誇るべき精神的柱であり、神代からの継続してきた神秘的な純血さが統治主体であると尖った結論を導いた。この点を民族の誇りとして、他より優れてるとの差別を主張している。大川は中原の王朝の度重なる変遷を引き合いに出し、大陸より、大和民族が優れているという概念を基底に置き、戦前の日本を先導した一人と思われる。

 日本の古代はもっとおおらかだった。神話の世界ではイザナギ、イザナミの二柱による国の始まりから天照大御神、大国主命など壮大な物語である。世界の古いどの国は皆独自の国の成り立ちの物語を持っている。遥か昔の漠然とした自分たちのよってきたる生い立ちを物語る神話の世界は歴史の始まりであり、文学の始まりかもしれない。あくまでも古代人が天上天下に描いた創作が起源であり、そのおらかさの中に差別の感覚はない。壮大な幅を持つロマンの世界から確定した現実へ漠然さを絞り込むのに幅の広い寛容さが必要だ。狭い排他的な考えと、和をもって尊しとするとは相いれない。

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