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「800字文学館」

自家焙煎の珈琲道

大越 浩平

 昨年11月、50年以上通っている地元の理髪店に行くと、何やら芳香が漂っていた。階下の店子に珈琲屋が入ったという。自家焙煎の豆を挽いて淹れてくれる店だそうだ。ここは駅からも遠く、やっていけるだろうか等と店主と話をしていた。
 仲介の小学校同級生の不動産屋に、借り手はやる気十分だと伝えられていた。電気では豆の焙煎が出来ないので、ガス管の導入を求められたが断ると自費でやると言われ、貸したと言う。
 1月、散髪に行く。おやじの腕が良くウトウトしていると、良い香りが鼻をくすぐり下の店が気になる。

 ほろ酔いで珈琲屋に入る、薄暗い。客は3人、話し声も無い店内に、ヴォーカルが流れる、ビリー・ホリデイだ、それもヴァイナル。(アナログ盤をいう)。ここ10年以上自宅でLPをかけていなかったので新鮮だった。

 店主は、先客の珈琲を淹れると、グラスを持ってやってきた。好みを聴かれたので酸っぱめをと言うと、無いと言うので普通をと頼んだ。グラスの水は生温い。
 自家焙煎の豆をいくつか選び、挽いてネル袋に入れる。そこからが珈琲道一杯勝負、一滴一滴、湯をたらし始め、全体に蒸し上がると、たらりたらりこしとぴっちゃん・・・一杯淹れるのに3~4分かかる。
 個性ある香り、複雑に苦くて甘い味が残り、飲み終えると跡を引く。グラスの水を飲みまた一口、味蕾と耳がコラボしている、珈琲とジャズに高揚する。

 客もいなくなり店主とジャズの話をする。好みの方向が7~8割同じ様だ。自宅のビリー・ホリデイを此処で聴こうと思い、ボックス盤を取りに帰る。1週間後再訪する、盤は気に入ったようだ。図々しくも蒐集しているLPとジャズ本を持ってきても良いかと尋ねると、うなずいてくれた。

 店主には珈琲+ジャズ文化のプリ❘チャーを期待する。そして一人でも顧客が増えてくれればウイン・ウイン。珈琲とジャズが栄えるのは平和の象徴。

 店主は、この道では全国的に著名な人らしい。店の名は「珈琲屋 うず」。

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