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「800字文学館」

旅の疲れ

斉藤 征雄

 一月、暖かさを求めて6日間のマレーシアツアーに夫婦で参加した。
 羽田から深夜便で現地集合。クアラルンプールで現地ガイドが出迎える。総勢14人、ほどなく13人が集まったが最後の一人がなかなか現れない。と、和服姿の女性が近づいてきた。「えっ、マレーシアで和服?」と思ったが、その人が最後の一人だった。白地に水玉模様の小紋で帯は半幅帯、白足袋に草履。40歳前後? 美人というのではないがコケティッシュ。衿元を緩やかに合わせた着こなしは普通の家庭の主婦ではない。

 構成は老人夫婦4組、姉妹と母娘のペア2組、それに一人参加の初老の男性と和服の女であった。  バスは44人乗りの大型。ガラガラだがなぜか夫婦とペア組は前半分に席を占め、初老氏と和服の女が最後部付近に座った。二人の間にはすでに一人参加同志の連帯感が生まれたようである。  初老氏は面倒見の良い性格らしく「アッそこは汚れているから気をつけて」とか気を配り、写真スポットでは和服の女が袂を広げてポーズしたりする姿を地面に膝をついてシャッターを押すサービスぶり。短時間ですっかり意気投合。そしてその日、マレー鉄道で北へ移動したときも当然並んでの席で親密度に拍車をかけた模様だ。

 その日の宿泊はキャメロンハイランドというリゾート地。夕食は美味しかったが酒が高い。グラスワイン40RM。われわれ老人組が一杯のワインをちびちび飲んでいる隣のテーブルで、二人はボトルをキープして盛り上がっている。老人組は二人を残して早々と部屋へ引き上げた。

 旅はあっという間に最後の夜を迎えた。この日の夕食はフリーなのでそれぞれ誘い合って最後の晩餐を楽しんだが、初老氏と和服の女は居酒屋へ消えた。  翌日の朝、旅行中4回も和服を替えた女は、一転して黒の透き通るミニワンピースに真っ赤のカーディガンで現れた。そして羽田へ、ツアーは何事もなく終わった。  旅から帰った私は、いつになく疲れてしばらくは下痢に悩まされた。

RM:マレーシアリンギット(1RM=約30円)

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