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「800字文学館」

おみくじは凶

大月 和彦

 正月2日に、近くの真言宗の古刹御滝不動尊に初詣した。境内は参拝者であふれ、屋台がびっしり並んだ参道には、たこ焼きや綿あめなどの匂いが立ち込める正月風景があった。本殿前には拝礼を待つ人たちの列が、表門の外まで続いている。一時間ぐらいの待ちという。待つ気にならず、本殿横にある太師堂に拝礼して今年の初詣に替えた。

 妻は寺務所の窓口に並んでおみくじを求めた。アルバイトらしい高校生からおみくじの紙片(札)を受け取り、人だかりから離れた場所に行って札を見る。急に渋い顔になった。凶が出たという。札に書かれた凶の運勢の説明に「何事かを始めようと心を尽くしても、何をしてもよくない形になるだろう。時節が来ないからだ。思うことが叶わなくても望みを失うべからず」と、励ましとも言い訳ともつかない言葉が並んでいる。個別の願い事としては、「よろこびごとなし、病人長引きてあやうし、待ち人来たらず、のぞみごと叶い難し、争いごとまけなるべし、いきしには十に六七は死すべし…」など恐ろしい言葉が続く。

 日頃、占いや縁起を気にし、毎年おみくじを引いている妻は、凶は初めてと肩を落とし、機嫌が悪くなった。
 境内に「不要になった札を木に結び付けないでください」の張り紙があった。凶の札を持ち帰ってどこに置いたらいいのか、ゴミ箱に捨てることもできないし…と悩んでいる。1本百円のおみくじに振り回されてしまう。

 その夜、知り合いの神職に事情を話す。
 おみくじは神社からのメッセージだ。結果がどうであれこれが今の運勢、これから上向くだろうと前向きに考えるべきだと諭されてしまった。
 毎年、信者におみくじを配っているこの家では凶の札はなく、相当するのは「平」で、これが最低ランクの札だと明かしてくれた。

 数日後、妻は都心の行きなれた神社で2回目の初詣を済ませ、おみくじを引いたところ、中吉が出たという。凶でさえなければと気分を良くしていた。
 わが家の今年の運勢は波乱含みだ。

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